4人が本棚に入れています
本棚に追加
*
「……遅い」
「やぁ、待ってたよ」
鳥居の下で待っていた対照的な二人の様子に、私は苦笑いを浮かべるしかない。
「すみません。先生の手伝いしてたら遅くなっちゃって……」
「大丈夫だよ。お守りは拝殿にあるからね。行こうか」
紫月くんはイライラした様子で参道を歩き出す。棗さんはそんな紫月くんを見ながら面白そうに言った。
「あれね、僕がなんでゆかりちゃんと一緒に来なかったの? って散々文句言ったら拗ねちゃっただけだから。気にしなくていいよ」
なんてことを言ってくれたんですか棗さん、と内心で思いながら、私も静かに拝殿に向かった。
相変わらず張り詰めた空気の拝殿に緊張していると、紫の袴をはいた棗さんが大事そうに三方を運んできた。三方とは、神様にお供え物をしたり、お正月に鏡餅を供える時に置く、木で出来た台のことだ。四角いお盆の下に胴がくっついていて、その側面の三方向には丸い穴が一つずつ空いている。
「こちら、お預かりしていた品です」
そう言って丁寧に私の前に三方を差し出す。白い半紙の上に乗せられていた丸い小さな水晶は、お母さんから貰った私のお守りで間違いない。
「満月の光をたくさん浴びて力を頂きました。紫月様は今まで以上にあなたを守ってくださるでしょう」
「ありがとう……ございます」
そっと手に取り、光にかざす。
「……キレイ」
思わず口から言葉が漏れ出た。黒く汚れが目立っていた薄紫色の水晶玉は、今ははっきりと向こう側が見えるくらい透き通っている。まるで力を取り戻したみたいだった。
「あっ、そうだ! このお守りのその……料金っておいくらでしょうか?」
「ん? そんなのいらないよ」
「ええっ!?」
「そうそう、代わりに渡した鈴のお守りもよかったら持ってて。鈴には邪なる者を払うっていう魔除けの効果があるから、持ってて損はないと思うよ」
棗さんはニコニコと笑って言う。
「そ、そんな! お金も払ってないのに二個目のお守りなんて頂けません!」
「人を妖怪から守るのも送還師の仕事なんだから気にするな。いいから貰っておけ」
「周の言う通りだよ。うちの大切な参拝客だし、今までのお礼だと思って受け取って?」
二人にこうまで言われてしまっては、反論したところで意味はないだろう。ここは素直に受け取っておこう。
「すみません……ありがとうございます」
私は深々と頭を下げてお礼を言った。
「送還師って大変なんですね」
「まぁ色々やることは多いからねぇ」
「でも私、陰陽師っていうのは聞いたことあったけど、送還師ってのは知りませんでした」
「そりゃ俺たちは秘密機関だからな」
「え?」
「国民を安心させるため、掟が決められたあとも表向きは陰陽師が妖怪退治をしているってことになったんだ。だから僕たちの仕事は一般人は知らなくて当然なんだよ」
……なるほど。それなら納得だ。
「ちなみに、そんな経緯もあるせいか他の陰陽師とは仲が悪くてね」
「えっ!? でも、送還師って元々は陰陽師なんですよね?」
「う〜ん、まぁ確かに元を辿れば陰陽師の系統なんだけど、使う術も呪文も陰陽師のものとはまったく違うんだ。それに、妖怪退治と妖怪送還。やってることも違うだろ? だから……意見の相違っていうのかな? 人間を襲う妖怪をただ還すだけなんて甘い、共存なんてもってのほかだ! って反発してる人達も多くて。でもまぁ、無駄な殺生はしたくないし、僕は送還師でいいと思ってるけどね」
にこりと笑った棗さんは急にすっと目を細めると、私のランドセルを見つめる。
「……ところでゆかりちゃん。今日ここに来るまでの間、変わったことはなかった?」
「変わったこと……ですか?」
「うん。何か妖怪に会ったりしなかった?」
私は首を捻って考えるが、特に思い当たることはない。
「会ってないと思いますけど……」
「そっか……でも気を付けてね」
「はい」
「何か困ったことがあったら遠慮なく周に言って。すぐ対処するから」
「おい」
「何事も経験だよ経験。周は優秀な送還師になるのが目標なんだから当たり前だろう?」
そう言われ、紫月くんはいつもの二倍は不機嫌そうな顔で私を見た。
「……まぁ、何かあったら言え。送還師としてすぐ行くから。送還師として」
「も〜周は素直じゃないんだからぁ〜!」
紫月くんは刺すような勢いで棗さんを睨み付ける。ていうか、こんなに優しくされて大丈夫なのかな? もしかして、あとでドーンと大きなバチとか当たったりする?? その予感はきっと当たる。そんな気がした。
最初のコメントを投稿しよう!