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03
『直子ちゃんは私を置いて行くの?』
響くような声にビクリとする体。
でもその声は私も知っている声で……ゆっくりとその声の方向に目を向ける。そこにはこちらをじっと見ている裕子の姿があった。私は少しだけびっくりはしたが、裕子が無事だったようで大急ぎで裕子の元まで走った。
丁度部屋の中央付近。その場所までたどり着き、膝に手をついてハアハアと荒くなった呼吸をと整える。
そして改めて顔を上げ、裕子の見る。
「えっ!裕子?」
裕子の目が真っ黒に染まっているように見える。
まるでそこに何もないように……
「まって?裕子、その目……どうしたの?ケガ、しちゃったの?病院!病院に急がなきゃ!」
私は、ケガとかそんなものじゃないことは分かっていた。だがそれ以外に考えたくない気持ちで声を掛けた。
『何を言ってるの?私は元気よ?あっちでね、絵里もちゃんと直子のことを待ってるよ。一緒に探検するんでしょ?』
そう言って裕子は私に手を伸ばす。
私は瞬間的にその手を払ってしまった。
「ご、ごめん裕子。まずは帰ろう?絵里も無事なんでしょ?一緒に家に帰ろうよ。裕子もここ、怖がってたでしょ?」
私は震える声で言ってみたのだが、裕子は首を傾げるばかりだった。
『あっ!それならもう大丈夫。このお屋敷の子とお友達になったから……だから絵里と直子と、ずっと一緒にここで遊べるよ?』
口元はいつもの笑顔を見せている裕子。でもどうしても真っ黒な目に視線が言ってしまう。不気味な吸い込まれるような闇……
そして何より、いつの間にか裕子の背後には、最初に入った部屋と同じように椅子が、そしてそこにはあの女の子が座っていたことに恐怖で体がすくむ。
「や、やめて!裕子が帰らないなら私は一人でも帰る!絵里も誘って一緒に帰るから!あ、あとで一緒に帰りたいっていっても、遅いんだからね!」
私は恐怖をかき消すために、思ってもいないことを力いっぱい裕子に言い放っていた。
『ひ、ひどいよ……直子はそうやって私を……見殺しにするんだね?……そうよね、さっきも助けてくれなかったもんね……』
その言葉と共に、後ろの女の子もすくっと立ってこちらに顔をむけた……裕子よりもっともっと暗い顔……すでにその表情すら分からない、顔のほとんどが暗い闇に包まれた顔に、心の中から凍り付く感覚を覚えた。
そして私は走り出す。この大きな部屋のもう一つの階段のある広間への扉……なんとか恐怖で縮こまった体を動かしてたどり着く。そしてどうか開いてください!と願いを込めてドアノブを回す。そしてそのまま押し開かれた扉……
私は安堵と共にその開いた扉の先を見つめる……
入ってきた大きな玄関の扉が見える……
でも私は動けない。
目の前に直子が立っていた……逃げ場はない……
『あっ直子!探したんだよ!ここね、もうずっと住んでもいいんだってさ!』
「あ、あっ……う、うぇぇー!」
私は、目の前の絵里が、裕子と同じように闇のような瞳でこちらを見るのを認識すると、また漂ってくる腐臭のような匂いに負けて、ひざを折り嘔吐した。
『あーあ。気持ち悪くなっちゃった?私も裕子も、おじさんたちに捕まえられた時は実は吐いちゃったんだよね。おじさんってほら、加齢臭が酷いでしょ。でも酷いよ直子、私まだ、そんなに臭くないでしょ?』
そういって泣いた真似をするいつもと同じような絵里に、私は引きずられながらさっきの裕子と女の子がいる場所まで連れてこられた。
そこには先ほどいなかったはずの、おそらくあれが『おじさん』というやつなのだろう。あの二人を後ろから襲った男が立っているのが見えた。
こちらを見てニッコリ笑っている。
絵里たちのように目が闇には包まれていない。だがその代わりに全身が腐りかけ、笑顔と分かるその顔も爛れていた。そして少し離れたここからでも分かる酷い匂いを放っていた。
私はまた嘔吐く。しかしすでに胃の中身は吐き出し終わっているのか、苦しさだけが込みあがってくる。
そんな中、そのおじさんは私に近づくが、私は逃げることができなかった。
あまりの恐怖に動いてくれない体……そのままその腐った両手で私のことを抱きしめられると、私は、その恐怖と強烈な腐臭によって意識を保つことを放棄した。
◆◇◆◇◆
そして次に目覚めた時には、私もどうやら絵里や裕子と同じ存在になれたようで、恐怖心は綺麗さっぱり消えてしまった。
そしてもう10年もこの洋館で楽しく暮らしている。
私と絵里と裕子、そしてあの女の子はアンジェリカちゃん。そしておじさんがアンジェリカちゃんのお父さんでルドルフさん。
私たちと同じようにこの洋館にやってきて、新しいお友達も増えている。
雨の日に迷い込んでしまった子供たちを、優しく保護して一緒に生活する活動を続けている。言わばここは孤児院のようなものだ。
この10年、ちょっと後悔をしたこともあったけど、この洋館に住むようになって私は、私たちは今、幸せです。
あなたもこの洋館を見つけたら、どうか私たちと友達になってみませんか?
いつでも、このちょっと薄暗くて若干におうけど、何も悩みの無い洋館で私たちはお待ちしてまーす。
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