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数週間が経ち、私の所属する部署はなくなることとなった。
私の提出したレポートがきっかけで、社内会議が発生し、部署の解体が決定したらしい。自分で自分の首を絞めるとはまさにこのことを言うのだろう。
RSSの学習データも豊富になり、精度も上がったことから普通に書かれた誹謗中傷に関しては9割9分除去することができている。RSSはほぼ完成されたと言うことで、『誹謗中傷除去リクエスト』ボタンが撤廃されることとなった。あのボタンが撤廃されるなら、私たちの仕事はもうない。
部署が解体されるということで社員である私たちは二つの選択肢を迫られた。一つは部署移動をして、継続してここの社員として働くこと。もう一つは退社して、ここの会社を去ること。
私は後者を選んだ。
元々、誹謗中傷を行う人の心理が知りたくてこの部署に応募したのだ。それがなくなるのであれば、辞める選択肢を選ぶのは当然のことだろう。
「ふっーーーーーー」
口に蓄えた煙を天井に向けて勢いよく飛ばす。この会社を去る前に最後に喫煙所で煙草を吸うことにした。喫煙所には大変お世話になった。だから最後はここで締めたい。
「お疲れ様です」
気楽に吸っていると、業平が喫煙所へと入ってきた。
いつもの調子で軽く会釈して、私の横に腰掛け、煙草に火をつける。
「お疲れ。業平もラスト喫煙所か?」
「違いますよ。俺はここに残るんで」
「そうなのか。意外だな。給料がいいからこの部署に入ったんだろ。他の部署に行ったら、安くなるんだぞ」
「また仕事探すのは面倒ですからね。それに、この会社ではある程度の信頼関係を築けたので、仕事しやすいんですよ。それに可愛い子結構いるし」
「なるほどな」
「平塚さんは辞めるみたいですね」
業平は私の横に置かれたキャリーケースに視線を送る。
これには私が会社に保管していた私物が多々入っている。会社を去るのだからこれらは全て持って帰らなければいけない。
「ああ。自分の部署以外、特に面白そうな仕事をしている部署はないからね。面倒だけど、また1から仕事を探すさ」
「大変ですね。まあ、平塚さんのことだからすぐ見つかりそうな気はしますけど」
「期待値が高いな。なあ、業平。すまなかった」
「別に謝る必要はないですよ。平塚さんが気づかなくても、課長あたりが不審に思って調べはしたと思いますよ。誹謗中傷除去リクエストがあそこまで急激に増えたら、誰でも怪しみますから。まあ、部署の社員の一定数は平塚さんを恨んでいるとは思いますが」
「はっはっは。誰かしらがなったはずの恨みの対象を買ったと思えばいいか。それが会社を辞める人間だとすれば楽なもんだし」
「そうですね。課長からしたら、平塚さんは大手柄だと思いますよ」
「今のうちに恨み買い金でももらっておくか。失業保険と足し合わせれば、数ヶ月は仕事がなくても暮らせそうな気がする」
「ナイスアイデアですね」
二人でたわいもない話をしながら、煙草を吸う。業平と一緒にいる時の煙草の味は案外美味しかった。こいつとの喫煙も最後になるかと思うと何だか名残惜しいな。
「なあ、業平。戦争と飢餓と疫病、この中で一番なくなりそうなのはどれだと思う?」
「ヨハネの黙示録ですか。そんなの決まっているじゃないですか。戦争です」
「そうか。じゃあ、この中で一番なくならないのはどれだと思う」
「それも決まっています。戦争です」
「はは。矛盾しているね。でも、同感だ」
「人間ってそう言うもんですよ。だから今回の件が起きたんですよ」
「だな。私たち結構気が合うな」
「今更ですか。俺は初めから気づいてましたよ。平塚さんと話すのは楽しい。だからもう会えないと思うと何だか寂しいな」
「口説いているのか。そうだな……もし、新しい就職先が決まったら、飲みにでも行こう」
「いいっすね。いい報告待ってますよ」
「任せておけ」
私はそう言って、業平に拳を差し出した。それを見た彼もまた私へと拳を突き返した。
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