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「石添さん、15時42分の新幹線に乗るので、15時までには準備を終えてください」
一ヶ月後、私は芸能事務所のマネージャーの面接に合格し、人気芸人である石添 良治(いしぞえ よしはる)のマネージャーとして活動することとなった。
「15時42分の新幹線なら、15時10分に出れば間に合うんじゃ?」
「そう言うと、石添さんは15時20分くらいに用意をし終えますよね?」
「はっはっは。俺のことをよくわかってんじゃねえか。まだ入って二週間だってのに、気が利くな。わかったよ。15時に準備できるように頑張る」
石添さんは私の目を見ていうと、前を向き、持っていたスマホを注視する。見ると、彼はSNSでエゴサーチをしていた。前のマネージャーに聞いたところ日課らしい。ハマりすぎて時間が過ぎ去るのを忘れるから注意しておいてとのことだった。
「にしても、最近の俺への悪口というのは手が凝っているなー」
彼の言葉に興味をそそられ、私もまた彼のスマホの画面を覗いた。スマホに掲載されたメッセージはパッと見たところ、何が書いてあるか分からなかったが、縦に読むと意味が繋がった。内容は石添さんに対する誹謗中傷だ。当たり前のことだが、RSSの審査をくぐる誹謗中傷は未だに消えてはいない。
「そんなの見て、平気なんですか?」
「あん? ああ。昔はそうでもなかったんだが、今はわりかし平気だ。慣れたわけじゃないが、ここまでして俺に悪口言いたいかねと思うと何だか笑えてきてな。ほら、見てみろ。これをさ」
そう言って、石添さんは投稿リストを私に見せる。そこには多種多様な審査を通り抜けた誹謗中傷が連なっていた。趣味が悪い人だ。
「まるで誹謗中傷大喜利みたいじゃないか?」
石添さんはハニカミながら私に言う。大喜利という言葉に彼の芸人魂が反応したみたいだ。確かにリストを見ると『誹謗中傷大喜利』と言わんばかりのものたちが揃っている。彼の言葉で何だか私も笑えてきた。
今までの誹謗中傷は、一般の人間が何気なく書き連ねたものだから病む原因になったのかもしれない。お金を払ってまでして、届けた誹謗中傷というのは強い感情をぶつけるほど対象に関心を持っているわけだ。アンチはファンと聞くが、それが真の形で体現化されたみたいだ。
病みを通り越して、呆れが来てしまった。だからこうして笑えてしまうのだろう。
万事、中途半端ではなく、ぶっちぎったことをしてしまえば面白いものになる。正も負も関係なく、それは絶対値で決まる。
もしかすると、世の中は良い方向に進んでいるのかもしれない。
石添さんの人をバカにする笑顔を見ながら、私はそう考えた。
二人してエゴサを見てしまったため、予定の新幹線に乗り遅れてしまった。
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