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【天の川は、『月光』で彩られる。】
装像アイが執筆しているのは、音楽を題材にした小説だ。
児童養護施設で育った少年が、名も顔も知らない母親に捧げるピアノ。
母と息子をつなぐのは、彼の誕生日が書かれた紙と母親が弾いたらしい、『月光』のピアノ演奏を収録したCDだけだった。
その音を頼りに、数多のピアニストの『月光』を聞いて母親を探す物語だ。
装像アイの作品に感化された尚弥は、久しぶりにピアノに向かう。
大学で軽音楽部に入って買った電子ピアノは、就職のために引っ越してもなんとなく手放さなかった。
ベートーヴェン作曲の『月光』。
暗い部屋に月明かりだけが差し込む光景を容易に思い浮かべられる、ほの暗い短調の曲。
音の連なりを、境界を少しだけ曖昧に柔らかく弾く。
重厚感を持って、しかしもたついてはいけない。
柔らかい月明かりは表現しつつも、冴え冴えとした空気は保ちたい。
それに、月明かりだけじゃつまらない。
哀しいだけの曲調にしたくなくて、尚弥はもうひとつの景色を思い浮かべた。
ピアノコンクールで弾いた曲だったから、尚弥の指はいつまでもこの曲を覚えている。
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