鳴らないメトロノーム

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尚弥にとって、最後の賭けで、最後のコンクールだった。 それなのに。 何度も指が滑り、曲にならなかった。 音が散らばり、客席は心配そうに尚弥のことを見守っていた。 虚無な曇天が広がるだけに成り果てた演奏をどうにかしたくて、足掻くだけだった。 5歳からピアノを始めて、合唱コンクールでは毎年伴奏をした。 優秀伴奏者に選ばれたり、ピアノの先生から冗談とも本気ともつかぬように音大を勧められることもあった。 でも、所詮この程度なのだ。 ピアノの次に好きだったのが本で、ピアノの次に得意だったのが勉強だったから良い大学に入って出版社に勤めた。 自分の代わりはいくらでもいるどころか、AIがいれば自分は下位互換になり下がる。 実際、人間の仕事で真っ先に奪われているのは芸術だ。 本も、音楽も。
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