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「聞いたわ。あなた、私と智哉が運命のふたりだって言ったのね」
「はい……でも、あの、佐野さんはお付き合いしてないって……」
「ええ。長年の付き合いだから、それなりに親しみはあるけど、恋愛感情はないわ。時折、憎たらしくもなるしね」
「そう、なんですね。お似合いのふたりで、私なんかが隣に並ぶなんて出来ないって、思ってました」
本音を告げると、早瀬さんはデスクから降りて、私の方へと近付いてきた。
「こっちにいらっしゃいな」
そして、白くて指の長い両手で優しく私の肩を掴むと、姿見の前まで誘う。
「きちんと鏡を見るのよ」
言われるままに顔を上げて、姿見に映るふたりを見つめる。存在感のある早瀬さんに対し、私は今にも消え入りそうだ。緊張した瞳、青ざめた頬に、ひ弱な手脚。
「俯いて歩くのは良くないわ。前を見て、背筋を伸ばしなさい」
そう言うと、彼女は私の肩に置いていた右手を、背中へと移動させた。次いで、背骨の形に沿うようにゆっくりと撫でられ、私の肌がぞくりと粟立った。
私の姿勢を矯正した右手が、再び私の肩へと戻る。
「緊張で肩が上がっているわ。少し下げて」
両手でじんわりと圧力を掛けられて、私は息が詰まるのを感じながら肩を下げた。
そうして鏡に目を遣ると、自分の姿がさっきよりも堂々として見える。
「ほら、あなた、ちゃんと私の隣に並べているじゃないの」
鏡の中の早瀬さんが、満足そうに唇の両端を上げた。
私の耳許で、そっと囁く。
「私の理想の相手は、智哉と同じなのよ。『自分の魅力に気付かない、孤独な美少女』。いつもふたりで同じ人を好きになって、いつも智哉に取られてしまうの」
「え」
驚いて横を向くと、すぐ近くに彼女の整った顔があった。
「私の運命の人は、一体どこにいるのかしらね」
そう問い掛ける強い瞳に、吸い込まれそうになる。
しかし早瀬さんは、私の肩から手を放すと冷たい口調で言った。
「あなたはもう、私たちに関わらない方がいいわ。……行きなさい」
その言葉に抗うことが出来ず、私は目を伏せて、とぼとぼと部屋を後にした。
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