はじまり

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はじまり

 辺り一面に白い砂地が広がり、水中の上層から下層へとマリンスノーが沈降していく。少し前にカサゴとソコダラが側を横切っていった以外、変化は見られない。ここは水深五百メートルほどの海の底。  そんな場所が彼にとっては何より心地良い。  昔は光が届くくらいの場所で魚と共に泳ぐのが好きだった。しかし視覚が働くと見たくないものまで見えてしまう。その点深海は静寂に満ちている。海上の喧騒もここまでは届かない。このままずっと心穏やかに時間の流れに身を委ね続けるのだと思っていた。その時までは。    彼は頭部を持ち上げた。聴覚が何かを聞きつけたのだ。それは魚たちが起こす水の音ではない。イルカやクジラの鳴き声でもなく、旋律のある音だ。耳を傾けるうちに遠い昔に聞いた歌を思い出していた。  始めは一種、数千年かけて四種に分かれた  火竜、風竜、地竜、海竜  彼らが持つのは強大な力  それぞれに相応しい場所で生息している  人に真の姿を見せることはない  自由な竜たちにも決まり事が一つ  四匹は同じ場所に集結してはならない  決して集結してはならない  懐かしく思うのと同時に、不思議でもあった。誰が、何のために発しているのだろう。  旋律ははるか上の方、海上から聞こえてくる。音源の位置が分かると、好奇心が抑えられなくなった。  ぶるんと身を振るい、重たい身を持ち上げる。久しぶりに海中を上昇していく。聞こえてくる音の正体を知りたい、その一心で。
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