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第十話
ロベルトの一件から数カ月が立ち、エルノヴァの森にも少しずつ寒さが訪れていた。
森の木々は少しずつ葉を散らし、赤や黄の枯れ葉の絨毯が辺り一面を覆っていた。
森は冷え込む。温かい時間帯に庭仕事を終えてしまうと、私はもっぱら二階の書斎に上がり本を読んで過ごした。
(薬草学応用…… これは先週読んだし、建国の父、も読んでしまったな)
私は指で背表紙を辿りながらため息をついた。
書斎の蔵書は膨大だが、森にいてはハーブの世話と研究を行うか家のことをするかしかないので、読書に費やせる時間も多い。
結果、今や私は書斎の本を読み切ってしまっていた。
(新しい本を買いに行きたいところだが街には出たくないし、そもそもこの年齢ではどうにも……)
「こんにちはー!」
ふと、威勢のよい女の子の声が階下から響き、私は持っていた本を取り落しそうになった。
慌てて本を持ち直すと、階段の下をのぞき込む。
そうだ、アンとジュールは街に買い出しに出ているのだった。
私は頭を抱えた。
「こーんにーちはー!!」
一段と大きな声で女の子がもう一度叫ぶ。
仕方ない、とあきらめると私は重い腰を上げて階下に向かった。
玄関を開けると、肩のあたりまでおさげを垂らした女の子が一人、両手で大きなかごをもって立っていた。
「あれ? あなたも先生のお薬もらいに来たの?」
女の子は私を見るなり目を丸くして言った。
「おめめ、けがしちゃったの?」
女の子は真っすぐに私の顔を見ている。人は嫌いだが、こどもは輪をかけて嫌いだ。
「私はこの家の人間だ。」
「ふうん。」
女の子は不思議そうにこちらを見ている。
私は視線から逃れるようにドアに半身を隠しつつ、続けた。
「あいにくアンとジュールは不在だ。出直してくれ」
するとたちまち女の子の顔がゆがむ。
小さな鼻が赤くなり、大きな瞳が今にもこぼれそうに見開かれる。
「わかったわかった! 頼むから泣くな! どれだ、どの薬だ」
それを聞くと女の子はたちまち元の笑顔を見せた。
調子のいい子どもである。
「うーん、わかんない」
私は腰に手を当てるとため息をついた。
この子ども自体は何度か見かけたことはあった。
だいたい月に1度くらいこの家を訪ねてきていたが、いつもアンが対応をしていたのとあまり人には関わりたくなかったので、来客がある時は書斎に隠れていたのだ。
「特徴とかは言えるだろう。何の症状に対する薬なんだ」
「えっとね、痛いのが大丈夫になるお薬だよ。
痛いとこに塗るの。
ちょっとくさいんだよ」
そういうと女の子は小さな鼻の頭にしわを寄せた。
「――もういい。中に入れ、そこは寒い」
なぞかけのような回答に、私は薬を探し出すことを諦めると、女の子を家の中に招き入れた。
もう、症状を聞き出して何か用意してやるしかない。
「わたしミミ! あなたのお名前は?」
「……エマ」
「エマちゃん! わたしたち、森のおともだちね!」
「とっ…… ともだち?!」
「はい、これあげる!」
ミミはそう言うとポケットの中から小さな花を取り出した。
森の入り口で摘んだのだろう、ミミの体温で力なくしおれかけている。
ミミはそんなこと気にも留めず、まるで宝物を扱うかのように真剣に私の手に花を握らせた。
「おともだちのしるしね」
栗色の小さなおさげがきらきらと揺れる。
私は既にこの小さなこどもを招き入れたことを後悔し始めていた。
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