第十三話

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第十三話

「エマ、街へお使いを頼まれてくれないか?」 朝食の席でジュールにそう言われ、私は思い切りせき込んだ。 慌てたアンが背中をさすってくれる。 驚いたブルーが足元でわふんと吠える。 私は荒い息を繰り返しながら聞いた。 「街に……?」 「あ、ああ。スコットさんのところに薬草を届けてほしいんだ。  今日は私もアンも忙しいんだが、急ぎの仕事でな」 ジュールは何かをごまかすように不自然に視線をそらしている。 アンの方を振り返ると、アンもジュールと同様に視線を逸らす。 分かりやすい二人だ。 「わかった……」 私は大きく息をつくと観念して言った。 アンとジュールが嬉しそうに目配せをするのを横目でとらえる。 私はもう一度大きくため息をついた。 私はアンとジュールから借りたマントのフードを深くかぶると手元の地図を確かめた。 持たされた紙袋を抱えなおす。 家を出るときのアンとジュールは大騒ぎだった。 「無理そうだったら引き返してきていいんだからな!」 「危ない目に遭いそうになったら荷物なんて全部捨てて逃げるのよ!」 街を何だと思っているのか。 とはいえ、二人は人を避けて引きこもっている私が街に出られるようにこの仕事を依頼したに違いなかった。 私が顔の傷を気にしているのも分かっていてマントを貸してくれたのだろう。 (別に、出ようと思えば出られるのに) 私は心の中でそうつぶやくと心配そうにこちらを見送る二人の視線を背中に感じつつ、 家を後にした。 森の入り口につくと、自然と足が止まった。 少し前には黄色っぽく整えられた道が広がり、馬車や人の行きかう音がする。 笑い声を聞いた気がして、心臓が跳ねた。 慌てて空いているほうの手でマントのフードを引き下げる。 (出られる。私は出られる、はずなのに――) 心臓の音は耳の奥で大きく打ち鳴らされる。 血が引けていく感じがして、唇がしびれる。 熱くなどないのに、額にはうっすらと汗がにじむ。 ここは、どこだっけ――。 目の前の音に、光に、世界に圧倒されて、今にも潰されてしまいそうだった。 「っは、はは――」 薄く開いた口から自嘲的な笑い声が漏れた。 100年以上前の恐怖を、私はまだ引きずっているのか―― 「エマ?」 突然呼びかけられ、私は弾かれたように顔を上げた。 「やっぱりエマだ! 遊びに誘おうと思ってきたんだよ! 街に行くの?」 目の前に現れたのはミミだった。今日も自慢のおさげを肩のあたりで揺らしている。 私は遠のいていた感覚が戻ってくるのを感じた。 「あ、ああ。 その、ジュールの使いで……」 「ミミも行く! 街は慣れてないでしょ?」 ミミはそう言うや否や私の手を取った。 体温の高い、小さな手が私の腕を引く。 「大丈夫、私が一緒だからね!」 「あ、ちょっと……!」 ミミは私の手を取ると駆けだした。 思わずひかれるままに足が動く。 反動でマントのフードが脱げる。 次の瞬間、私の脚は森と街の境界を軽々と超えていた。
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