第十六話

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第十六話

「食べちまうぞー! なんて、ね!」 老女はそう言うとこらえきれなくなったようにけらけらと笑った。 目を見開いたまま固まっている私を見て、涙を拭っている。 「ごめんなさいね、あなたがあまりに真剣に尋ねるものだから」 私は緊張がほどけて大きくため息をついた。 もう一度ミミの方を見やると、満腹になったためだろう、ソファの上に大の字になり寝息を立てていた。 呼吸に合わせて小さな胸が上下している。 「でもしばらく前にあなたと同じくらい真剣に尋ねに来た子どもがいたわね。  もっぱら、興味は魔女の書の方だったみたいだけれど」 月明かりに光る、ラベンダー色の瞳が脳裏をよぎった。 「金髪の、やたら仕立てのいい服を着た男の子じゃなかったか?」 「ええ、あら、知り合いだったの?」 (知り合いというか、この国の王太子だな……) ちょっと興味がある、くらいの言い方をしていたが、やはりロベルトはわざわざその「魔女の書」を探しにこの地までやってきていたのだろう。 王都から街を3つも超えて、王太子が直々に……。 「その、魔女の書っていうのはいったいなんなんだ?」 「そうね……。お嬢さんは100年前に魔女狩りという恐ろしい事件があったのを知っている?」 私は曖昧にうなずいて見せた。 知っているか知っていないかで言えば、もはや私は専門家の域だろう。 「その時に「魔女」と呼ばれた女性たち――といっても、その多くはただ地域から疎外されていたり他の人たちには理解できない高度な技術を持っていたりしただけなのだけれど――は皆殺されてしまった。ここ、エルノヴァの魔女もそうね」 老女は視線を庭の奥、遠くに見える森の方へと移した。 私もつられて木々の連なりを見やる。 一瞬、赤々と炎が上がっている気がしたが、それはやはり気のせいで、森はいつもの静かな姿のままだった。 「けれどね、魔女たちの知恵や技術はこっそり受け継がれたの」 「え?」 私は思わず聞き返した。 そんなはずはない。 私の身体も、研究資料も、小屋も、ハーブたちも、みな焼かれたはずだ。 「魔女たちに力を借りたことのある者たち、その知恵の恩恵を受けたことのある者たちが、 その技術や知恵を少しずつ書き残して編み上げた書物、それが魔女の書なのよ。 長く王政によって禁書とされているけれど、各地にはまだ信仰のように魔女伝説や魔女の書が受け継がれているの。ここ、エルノヴァのようにね」 私は目の前の老女を信じられない気持ちで見つめた。 悪意と憎悪の炎ですべて失われたと思っていたものが、 まるでハーブが次の年に種をのこすように、形を変えて100年間も人の手から人の手へ。 そんな風に守られてきたなんて。 「――その本を、その本を、見ることはできるだろうか!」 思わず身を乗り出して尋ねると、老女はすまなそうに首を振った。 「それが、その男の子の従者という方にあげてしまったのよ」 「従者?」 「ええ、赤髪の軍人だったわね。妙に魔女伝説に詳しくて」 「そう、なのか……」 明らかにがっかりした様子を見てとると、老女は慌てて付け加えた。 「でも、彼は王都に、書物を人々が自由にみられる場所を作る予定があると言っていたわ。  だから、あなたも王都に行けば見られるんじゃないかしら」 私は暗い気持ちで老女の言葉を聞いていた。 ロベルトはあれでも王太子だ。 わざわざ王族自らが禁書である魔女の書を探していたのは、 おそらく回収が目的だったはずだ。 老女はうまく言いくるめられたのだろう。 「その従者なのだが――」 「おばあ様! これはいったいどういうことです!」 言いかけた私の声に重なるように、勢いよく扉が開いたかと思うと、一人の少女が駆けこんできた。
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