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第二十五話
城は嫌いだ。
ロベルトはビロードの張られた豪奢な椅子の上で、居心地悪そうに尻を動かした。
王族のみ着用を許された――ロベルトは権利というより義務だと思っている――金糸と銀糸の刺繍のコートは重く、動きにくいことこの上ない。
「ねえ! ユーリはいる?」
ロベルトは執務室の端に控えているメイドに声を掛けた。
目の前の書類の山には朝から取り組んでいるが、次から次へと運び込まれる仕事のせいで、全く減る気配もない。
腰も肩もがちがちに固まってしまっているので、息抜きがてら剣術のレッスンを早めてしまいたかったのだ。
「ユーリ様でしたら、お出かけでございます」
メイドは恭しく頭を下げると、ユーリの字で書かれたメモ書きを差し出した。
メモの下部には双頭の鷹の紋が刻印されているので、これが王室の備品だということが分かる。
「また勝手に備品を使って……」
ロベルトは呆れたようにつぶやくと、メイドから渡されたメモに目を通した。
流麗な文字が短く書き付けてある。
『しばらくお暇を頂きます。 戻る頃にまだご連絡を』
ロベルトはメモ書きを見るとはあと大きく息をついた。
「あいつ、自分が近衛兵だってこと忘れてないかな」
ユーリともロベルトとも付き合いの長いメイドは遠慮がちにほほ笑む。
ユーリは側仕えの近衛兵であると同時に、ロベルトの幼馴染でもあった。
「ロベルト様」
その時、艶やかな声が廊下から響いた。
メイドが伺うようにロベルトに視線を向ける。
ロベルトはユーリのメモを机の上に投げ捨てると、どうぞ、と若干投げやりな声で答えた。
部屋に現れたのは背の高い女だった。
黒い紗のドレスを身に着け、顔を隠すレースの下に白い肌が透けていた。
「本日よりお側使えさせていただきます。家庭教師のロゼリア・メイでございます」
ロベルトはラベンダーの瞳でロゼリアを見つめた。
夜空のような漆黒の髪が透き通った頬をほどよい角度で覆っている。
華奢な首元には薔薇を模した金細工のペンダントが下がっている。
「新しいガヴァネスが来るなんて聞いてなけど」
「皇太后さまのご命令にございます」
「……おばあ様か」
ロベルトはあからさまに顔をしかめた。
「鉄の女帝」の異名を持つあの老女がロベルトは苦手だった。
「とにかく、今はこれを片付けてしまうから、午後から頼める?」
「かしこまりました」
ロゼリアが恭しく頭を下げる
赤く染められた薄い唇が半月型を描く。
「それでは、これからどうぞよろしくお願いいたします。王太子殿下」
ロゼリアが去った後には、季節外れの薔薇の芳香がかすかに残っていた。
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