第七話

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第七話

翌朝、熱はすっかり下がったらしく、ロベルトは元気に階段を下りてきた。 「おはようロベルト。身体はもう大丈夫なの?」 アンが階下から声を掛ける。 「はい、ベッドを貸していただきありがとうございました。」 「あらあら、ボタンが全部ずれちゃってるじゃない」 階段に現れたロベルトは奇妙な格好をしていた。 シャツのボタンはずれているし、ベルトもきちんとしめられていない。 靴下は向きが違ってしまっているし、靴紐もほどけたままだった。 「あなた、もしかしてとんでもなく不器用さんなのかしら?」 ロベルトは真っ赤になってうつむいた。 アンはくすくすと笑いながら階段をおりるロベルトを手助け、服や靴を直してやっている。 「はっはっは、大人になればなんでもできるようになるさ」 ジュールは笑いながら焼けたパンをかごにもっている。 「大変、ローズマリーが切れてるわね……。エマ、庭から少しとってきてもらえるかしら?」 「分かった」 アンに言われるままに私は外に出た。 家の庭ではたくさんの種類のハーブを育てている。 収穫したものをそのままフレッシュハーブとして使うのも良いし、乾燥させて保存することもできる。 この家に引き取られてから、このハーブ園は私の自由に任されていた。 アンもジュールも知らないハーブを何株も育て収穫までこぎつけたときはさすがにやりすぎたかと思ったが、あの二人だ、特に不審がられるようなこともなく、いまではすっかり使いこなしている。 (よく育っているな……) ローズマリーの葉をいくつかちぎり持たされた皿にのせると、私は庭を後にした。 庭と家への小道とを隔てる木戸を潜り抜け、家の扉をあけようとした時だった。 「おい、そこの子ども」 乱暴な声に呼び止められ振り向くと、ちょうど敷地を囲むようにして馬に乗った男たちが集まっていた。 男たちはそろいの上等な服に身を包み、腰から剣を下げている。 最後列の馬に乗った男は両手で高々と旗を掲げていた。 先頭の男は馬を一歩進めると、馬にまたがったまま剣を抜くと、 私の首に切っ先を向けた。 「子どもよ。我々はさる高貴な方を探している。何か知っていれば正直に述べよ」 切っ先は朝日を受けてぎらぎらと眩しく、そのまま柄まで視線を走らせると、 柄の中央に装飾されたメダルがはめ込まれていた。 向き合う双頭の鷹。 ――国軍だ。 「おい!聞いているのか!」 黙っている私にしびれを切らしたのか男が怒声を上げる。 私は大きくため息をついた。 まったく、軍人というものは100年経っても変わらない。 「エマ? なにか――」 背後で家の扉があき、アンが顔を出した。 瞬間、目の前で切っ先を向けられる私と怒り心頭と言った表情の軍人とを目にし、ひっと息を飲む。 ブルーが激しく吠えたてる声が聞こえる。 誰かとびかからないように押さえてくれているといいのだが。 「こ、これはいったい――」 続けて顔を出したジュールも入り口で固まっている。 それもそうだ、こんな辺境の地で国軍の軍人を見ることなど、 それこそ魔女狩りでもなければまずない。 「気味の悪いガキめ」 「――っ!」 男の剣先が振り上げられ、私の耳元をかすった。 幾束かの髪と共に、眼帯が外れ地面に落ちる。 傷が露わになり、軍人たちの間にどよめきが広がった。 先頭の男の顔が汚いものを見るかのように歪む。 ああ、この目だ。 何度も夢に出てくるのと同じ目。 100年を超えて生まれ変わっても、なお、私に付きまとうこの目――。 「おまえ――、俺が殺してやろうか?」 男の口がゆがみ、ねばついた音が紡がれる。 男の声が何十にも重なって聞こえた気がした。 あらゆる音が遠くなり、まるで日が暮れたかのようにあたりが暗くなった気がした。 殺す? 私を?  男の濁った瞳が軽蔑した目で私を見下ろしている。 殺せ! 燃やせ!   100年前の歓声が耳の奥で鳴り響く。 火の燃える音がする。 私は心が沈んでいくのを感じた。 死んでしまえば、もう、まとわりつくこの視線から逃れられるのだろうか――
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