1.それは、人類

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1.それは、人類

 大海原を見渡せる場所にひとり佇み、青年は目を眇める。  視界の先、見えぬからこそぷつりと切れて世界の裏側へと滝の如く水が零れ落ち続けているのではないか、そう思わせるほど果てなく広がる海。その青の中、救いを求め、もがくように海面から手を伸ばす鋭い白波。  青と白の世界を渡る冷気に沈んだ風が青年の面をさらりとなぞる。  その彼の目がすうっと自身の背後に向けられた。  光の加減によって青にも紫にも見えるその目で彼は背後に出現したそれを見据える。  青年のちょうど目線と同じ高さに浮かんだそれは半透明の球体。かろうじて向こうが透けて見えるが、大部分を薄青に覆われ、ところどころに黄土色の模様を配したそれを静かに見つめ、彼は唇を歪めた。 「随分悪趣味な姿をしているね」 ──悪趣味、か否かは私には判断つきかねます。私はただ、この星を生かし続けるにはどうすべきか検討し、実行するよう命じられただけの機械でしかありません。  空気を震わせることなく脳内へと直に伝達された思念に、青年は目を細めて笑う。 「命じられてと言うけれど、君はもう人の手を離れているだろう。離れて……何が最適な道かすでに答えを出している」  球体は青年の言葉にしばらく沈黙する。逡巡、なんて概念は目の前のこれにはない。ないが、そのわずかな間は目の前の球体の迷いに見えなくもなかった。 ──海洋汚染進行率、化学物質、有害廃棄物の越境移動状況、オゾン層現存率、後継可能生物把握、エネルギー資源減少率、砂漠化進行率、酸性雨濃度。  ややあってなされた単語の列挙に青年は唇を歪める。球体は青年の不機嫌などどこ吹く風に続ける。 ──過去百年のデータを厳密に検証し、推移を確認してまいりましたが、悪化の一途をたどっています。現在の悪化率のまま進行した場合の一億年後のこの星のシミュレーション映像をご覧ください。 「いいよ、見せなくて」  青年は止めたが、球体は聞く耳を持たなかったらしい。薄青く透けていた球体の表面が徐々に徐々に毛羽立っていく。数秒後、一億年という長大な時間を飛び越えた末の姿として球体は青年の前で変貌を遂げていた。その姿からは先程までの清らかさは完全に消え失せており、太陽を煮詰めた先に生じたかのような暗紅色の斑点により全身が覆われていた。 ──ご覧の通りこの星を覆っている大気が失われ、海洋が蒸発、地表が露出します。結果全地表生物の死滅が予測されます。 「そうだろうね。わかっているよ」  諦め顔で告げると球体はすうっと自身の外表色を戻した。元の薄青さに染まった球体を見つめ、青年はそっと嘆息する。 ──こうならない未来にするために有効な方策を立案、実行することを目的に私は開発されました。方針決定をするうえでこの星における汚染の要因を追跡した結果、最大要因となる生物を特定できました。  わかっている。青年は表情でそう訴えたが、球体はやはり耳を貸さず、淡々と告げた。 ──人類です。人類が死滅した状態と現行のまま生存し続けた場合のこの星の環境シミュレーションを実行いたしました。
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