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第六段 その一
上に候(さぶら)ふ御猫は、かうぶりにて、命婦のおとどとて
いみじうをかしければ、かしづかせ給ふが、端に出でて臥したるに
乳母の馬の命婦「 あなまさなや。入り給へ 」と呼ぶに
日のさし入りたるに、うち眠りて居たるを、おどすとて
「 翁丸、いづら、命婦のおとど、食へ 」と言ふに
まことかとて、しれもの走りかかりたれば、おびえ惑ひて、御簾のうちに入りぬ
朝餉の御前に、上おはしますに、御覧じていみじう驚かせ給ふ
猫は御ふところに入れさせ給ひて、をのこども召せば、蔵人忠隆、なりなか参りたるに
「 この翁丸うち調じて、犬島につかはせ。ただいま 」
と仰せらるれば、集まり狩りさわぐ
馬の命婦をもさひなみて、「 乳母かへてなむ。いとうしろめたし 」と仰せらるれば、御前にも出でず
犬は狩り出でて、滝口などして追ひつかはしつ
「 あはれ、いみじうゆるぎありきつるものを。三月(やよい)三日、頭の弁の柳かづらせさせ、桃の花かざしにささせ、桜腰にさしなどして、ありかせ給ひし折、かかる目見むとは思はざりけむ 」などあはれがる
「 御膳の折は、必ず向かひさぶらふに、さうざうしくこそあれ 」など言ひて、三四日になりぬる、昼つ方
犬、いみじう泣く声のすれば、なぞの犬の、かく久しう鳴くにかあらむと聞くに、よろづの犬とぶらひ見に行く
殿上にお仕えする御猫は、五位の位をいただいていて、「 命婦のおとど 」と名付けられていました
とても可愛い猫で、帝もたいそう大切にしておいでのご様子でしたが
ある時縁側の端にて、この猫が寝ていると、守役の馬の命婦がやって来て言いました
「 まあ!なんてお行儀が悪いんでしょう。さあ、中へお入り! 」
猫に声をかける命婦でしたが、猫なので勿論知らん顔です
日向ぼっこの最中に、動こうはずもありません
この様子に馬の命婦は、ちょっと猫を脅かしてやろうと考えたのでしょう
当時こちらで飼っていた翁丸という犬を呼んで「 翁丸や!どこにいるの?命婦のおとどを食べておしまい! 」
と言ったのです
それを聞いた翁丸は利口だったのか、命婦の言葉を理解して、猫に向かって走り始めると、勿論のこと猫は慌てて逃げ惑います
御簾を潜って建物の中に飛び込んで行きました
帝は、ちょうど朝餉の時間でこの様子をご覧あそばして、たいそう驚きました
猫を懐に抱き、蔵人という役職で男性の忠隆様と、なりたか様、二名を呼び出すと、「 この犬を打ち懲らしめて島流しにしてしまえ!今すぐに! 」
と命じたのです
帝のご命令に男たちが集まって、犬を狩りたて騒ぎ始めますと
帝の怒りは、馬の命婦にも向けられました
なんと言っても、可愛がっている大切な猫のこと
「 あの、馬の命婦も替えてしまおう。あやつではダメだ! 」
と仰ったので、馬の命婦は恐れ慄いて、帝の御前にも出ては来られません
犬は狩り出して、滝口の武士(警護の役人)などに命じて、追い出してしまいました
「 ああ、なんと憐れなこと。ついこの前までは、たいそう堂々と、得意げに歩いていたのに。三月三日の節句の時は頭の弁(蔵人の長官)が、翁丸に柳の髪飾りを付けさせ、桃の花を簪にして挿したり、桜の枝も腰に挿して歩かせなさったものだけど、まさかこんな目に合おうとは、翁丸も思わなかっただろうに 」
などと、女房たちも憐れがります
「 中宮様のお食事の際には、必ず中宮様に向かって控えていたのに、寂しいことだわ 」などと言って、三、四日経った昼頃のこと
犬が、酷く鳴く声がするので、
どんな犬がこんなに長く鳴いているのかと思って聞いていると、たくさんの犬が様子を見に行くのです
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