その4

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その4

古今の草子を、御前に置かせ給ひて、歌どもの本を、仰せられて、 「 これが末、いかに 」と問はせ給ふに、すべて夜昼心にかかりておぼゆるもあるが、げによう申し出でられぬは、いかなるぞ 宰相の君ぞ、十ばかり、それも、おぼゆるかは、まいて五つ六つなどは、ただ覚えぬよしをぞ啓すべけれど、 「 さやは、けにくく、おおせごとを映えなうもてなすべき 」とわび口をしがるも、をかし 知ると申す人なきをば、やがて皆詠み続けて、きょう算せさせ給ふを、 「 これは知りたることぞかし、など、かく拙くはあるぞ 」と、言ひ嘆く 中にも、古今あまた書きうつしなどする人は、皆も覚えぬべきことぞかし 中宮定子様は、古今和歌集の本をご自分の前に置かれて、色々な和歌の上の句をおっしゃられまして 「 この句に続く下の句は何か 」 とお尋ねになられます 大体は昼夜を問わず頭の中にあって、覚えているものもあるはずなのですが、すらすらとお答え出来ないとはどうしたことでしょうか 才女と誉れの高い宰相の君でも、10首ばかりをお答えになられましたが、それを覚えているとは言えるのか、甚だ疑問でございます 言うまでもなく5つ、6つしか答えられないのは、ただ覚えていないということで、それを中宮様に申し上げるのが良いのだと思うのですが 「 そのようにそっけなく、中宮様のご質問の興を削ぐような返事をしてよいものでしょうか?いいえ、それは出来ません 」 と言って、女房たちが困って悔しがる様子は、面白いものがあります 下の句を知っていると申し上げる者がない和歌は、そのまま中宮様が読み続けられて、しおりを挟まれるのでございますが 「 この和歌は知っていました。それなのに、何故こうも言えないのでしょう 」 と、女房たちが嘆いています 中でも、古今和歌集を数多く書き写したことがある者などは、すべて覚えていても当然でございましょうに
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