その5

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その5

村上の御時に、宣耀殿の女御と聞えけるは、小一条の左の大臣殿(おほいと)の御女(おむすめ)におはしけると、誰かは知りたてまつらざらん まだ姫君と聞こえける時、父大臣(おとど)の教え給ひけることは、『 一には御手を習ひ給へ。次には、琴の御琴を、人より異に弾きまさらむとおぼせ さては、古今の歌二十巻を、皆うべさせ給ふを、御学問にはせさせ給へ 』となむ 聞こえ給ひけると、きこしめしおきて、御物忌なりける日、古今を持てわたらせ給ひて、御几帳をひき隔てさせ給ひければ、女御、例ならずあやしと、おぼしけるに、草子をひろげさせ給ひて、『 その月、何のをり、その人の詠みたる歌は、いかに 』と問い聞こえさせ給ふとかうなりけり、と心得給ふも、をかしきものの、ひがおぼえをもし、忘れたるなどもあらば、いみじかるべき事と、わりなう思し乱れぬべし その方におぼめかしからぬ人、二三人ばかり召し出でて、碁石して数置かせ給ふとて、強ひ聞こえさせ給ひけむほどなど、いかにめでたうをかしかりけむ ここで中宮様は、こんな話をなさいます 「 村上天皇の御代に、宣耀殿の女御と申し上げたお方は、小一条の左大臣殿の御娘でいらっしゃると、これは存じ上げない人は誰もいませんね。まだ入内前であった姫君と申した時代、父君様がお教えになったことがありました。それはまず第一には、お習字の稽古をなさい。次には、七弦の琴を人よりいちだん、巧みに弾けるようになろうとお思いなさい。それからまた、古今集の歌20巻をすべて暗記なさることを、それらを学問になさいませと、お教え申し上げたのです。 そのようなお話を、帝もかねてより耳にしておりましたのでしょうね。ちょうど折もおり、物忌みであった日のこと、古今集をお持ちになって女御のお部屋にいらっしゃって、間に御几帳を立ててお隔てになったので、女御は『 いつもと違って変だわ 』とお思いになったところ、帝が草子をお広げになられたのです そうして『 某月、何々の折り、誰それが詠んだ歌はどういう歌か 』とお尋ね申し上げなさるのを、女御は 『 これは、古今集の暗誦を試してみようとなさっていらっしゃるのだわ 』と、合点なさって面白くお思いになられたものの   『 覚え違いをしていたり、忘れた歌でもあったら大変なことだわ 』と、ひどくご心配になられたのでしょう 歌の方面に教養が深いと思しき女房を二、三人ほどお呼びになって、碁石で正誤の答えを、数を置いてわかるようにしてご返事をお求めになった様子など どんなに素晴らしく、面白い情景だったことか 楽しい趣向だったでしょう 」
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