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七月下旬、午前中だというのに外気温はすでに三十三度を超えていた。
例年より猛暑、というのがスタンダードになり、我慢ならない暑さのため私はセミロングをシニヨンにまとめた。
額の汗をハンカチで仰ぎながら、初めて訪れる婦人科クリニックの門をくぐった。
三田村産婦人科クリニック―――
隣町にある古びた外観の個人院だ。外観から歴史を感じるし、外来の人の多さをみれば地域から信頼されているクリニックだということがわかった。
初見だったけど、ここを選んでよかったと私は安堵していた。
「藤川萌奈さーん。処置室1へお入りください」
ベリーショートの年配看護師に呼ばれ処置室へ入った。着替えの説明を受けて身支度を済ませた。
「着替え終わったら、処置台に腰をかけてくださいね」
プライバシーカーテン越しに看護師からそう声を掛けられた。
自分は看護師で、いつもはケアをする側だ。される側は初めてだから、やはり緊張してしまう。
私は婦人科特有の開脚仕様の処置台に足を乗せた。
「椅子が回転しますよー」
処置台が上昇しながら半回転する。
と、同時に私の下肢は大開脚状態となった。
うひゃ~ こ、これは、ものすごく恥ずかしいんですけどっ
一人赤面し思わず声が出そうになり両手で口元を抑えた。
こんな格好、人生で誰にも披露したことはない。
普段、職場ではおなじみの処置台だけど、実際に自分が乗ったら想像以上に羞恥心を煽られた。
カーテンの向こう側では自分のプライバシー部位がむき出しになっているのだと想像すると、それはそれは凌辱的な気分になってしまった。
お願い。早く終わらせて欲しい…
私は観念したように目を瞑り、そう願いながら処置を待った。
医師はすぐに来てくれた。
カーテンの向こうでグローブをはめる音が聞こえたからだ。
そしてカチャリと金属器具を持った音がかすかになった。
処置が、始まる!
身構えた瞬間「検査を始めますね」と医師が声をかけてくれたが、その声に違和感を覚えて目を開いた。
あれ? 声が…若い―――?
ここは老舗産婦人科だったはず。てっきりおじさん医師だと思い込んでいたからそのギャップに違和感があった。
しかし、私のこんな疑問はすぐに吹き飛ぶことになる。
クスコ(膣を拡張する器具)が会陰に当てられ、金属特有の冷っとした温度で思わず身体がびくついてしまった。
「危ないから腰は引かないでくださいね。痛くはありませんから」
すかさず医師から注意を受けたけど、低くて優しいトーンのボイスに私は落ち着きを取り戻した。
クスコが挿入され、ぐにゅりと膣を拡張される。
うー、変な感覚
きっと医師は、奥に見える子宮口を観察しているはずだ。
私は看護師だから検査の流れは理解している。
カーテン越しでも医師の動きは容易に想像できた。
私は目を再び瞑って次の処置の流れを確認する。
次は検査用ブラシで細胞を採る。
子宮頸部はあまり痛みを感じない部位だ。
だから、大丈夫大丈夫…
私は緊張を逃すように口をすぼめて軽く息を吐いた。
…なんというか…痛くはないけど内臓を触られているような未体験の感覚…
「はい、終わりましたよ。次は診察ですから着替えたら隣の部屋に移動してください」
私の緊張や心配はよそに、検査はあっけなく終了した。
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