何度でも恋におちる

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それからの私たちは病棟で顔を合わせているけど特段の変化はなかった。 「助産師の山川さんが急遽お休みになったの。だから今日の分娩は外来から鳴海先生が来るから」 現在、分娩室には分娩が始まった妊婦が待機している。普通分娩は助産師が出産を担当し児を取り上げる。そして看護師の私はその間接介助に入りお手伝いをする。本日、私は分娩室の介助役なので、休みの助産師と代わった鳴海先生と分娩に入ることになった。 今日は二名の看護学生が出産立ち合いの見学予定だ。すでに妊婦の加藤さんには事情を説明し「私で勉強になるなら」と分娩の見学を受け入れてもらっていた。清潔操作で身支度を整えた私と学生二名は分娩室に入っていた。 「加藤さんの分娩は順調です。出産の見学は貴重だから、この機会にたくさん勉強してね」 「はっはい。頑張ります」 学生は緊張からいかり肩になり、返事の声がうわずっていた。気持ちはすごくわかる。出産シーンって未知な世界だもの。中には貧血で倒れてしまう子もいる。少しでも安心感をもってもらいたくて私は学生に声をかけた。 「出産はね、女性の生涯の中で身体が最も変化する時なの。それは”恐怖”でははなく”神秘”。心を落ち着かせてその変化をしっかり観察して、看護学生として何ができるか考えてみよう」 学生は神妙な顔つきになりコクリと頷いてくれた。そして手指の洗浄を終えた鳴海先生が入室してきた。 「鳴海先生、お疲れさまです。心拍も問題はありません」 私が声をかける。 「藤川が介助に入ってくれるんだ。よろしく」 グローブをはめた鳴海くんが、NSTモニター(胎児心拍数モニター)を確認してから加藤さんに声をかけた。 「赤ちゃんもきちんと呼吸ができています。分娩は順調です」 「……、はい…早く…いきみたいです…」 陣痛の痛みと、いきみ逃しに疲れ切った加藤さんがそう声を漏らした。 「では内診しますね。失礼します」 そう言って鳴海くんが内診を行い、胎児の下がり具合や子宮口の開きを確認する。 「赤ちゃんも子宮口の開きも問題ないですね。まだ破水していないようなので、人工的に破水せさます。そうすれば出産がグッと早まりますから」 「…お願いします」 破水を人工的に起こすことで、胎児の下がりが早まり分娩が進むのだ。加藤さんの返事を確認してから鳴海くんが私に振り向く。 「コッヘル鉗子(かんし)」 と指示を出し、私が滅菌パックを清潔操作で開き処置台に乗せた。 膣内に鉗子を挿入するため、児を傷つけないよう慎重な処置となる。私は鳴海くんの真剣な横顔をこっそりみつめた。この光景はロボ研のあの頃と重なってみえるんだ。なにかに向かって集中する鳴海くんの姿。  …いつ見ても惚れ惚れする眼差しだ…… 奥二重は今日も色気があって素敵だった。鳴海くんの真剣な眼差しは、相変わらず私をきゅんとさせる。しかし、ここは命が生まれる緊張感のある現場。意識を分娩に集中させて、トキメキはきちんと隠すように注意している。 鳴海くんが鉗子で卵膜に穴を空けた。同時に無色透明の羊水が流れ出てきた。 「羊水も濁りないから全く問題はないですよ。次、いきんでみましょう」 ホッとしたした表情を作った鳴海くんがそう伝えた。さあ、ここから一気に分娩が進んでゆく。私は加藤さんの枕元に移動し声をかける。 「次に陣痛がきたら思い切っていきんでくださいね。ここが頑張りどきです」 加藤さんの額に光る汗を拭きとり私はそう声をかけた。そして足元で見学をしていた学生のもとに移った。 「分娩第二期よ。あなたたちができる看護は?」 「一緒に腹式呼吸をします!」 「痛みといきみで疲労するので、声をかけて励まします!」 「素晴らしいケアね!きっと加藤さんも安心すると思う。許可はもらっているからいってらっしゃい」 「あ、ありがとうございます」 分娩の神秘を目の当たりにした学生は緊張と興奮を抑えながら加藤さんのもとへ向かった。 「学生の青木です。もうすぐ赤ちゃんに会えますから一緒に頑張りましょう!」 「…ありがとう、ハアハア」 加藤さんの手を握り学生たちは一緒に呼吸を整えていた。児が横向きになり最後の回旋を終えてスルリと出てきた。ここからは鳴海先生が手際よく処置を行って、すぐに私に児を手渡す。体温が下がらないようにタオルでくるみ、既に愛らしい産声を聞かせてくれているが素早く口腔内の羊水を吸引した。 疲労困憊でも赤ちゃんとの対面を待ちわびている加藤さんの胸元に、生まれた赤ちゃんをゆっくりと寝かした。 愛おしそうに優しく赤ちゃんを包むママの手。出産時にこれでもかと絶叫しても、この瞬間は感極まって言葉を無くすママがほとんどだ。だって、ずっと会いたくて心待ちにしていた瞬間だもの。 この瞬間が尊くて、私はこの仕事をやり続けているんだと実感する。   私はこの仕事が心から好きなんだ。
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