何度でも恋におちる

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本日、月に一回行われる病棟カンファレンスが行われる。 このカンファには産婦人科病棟の全スタッフが参加する。医師と看護師が集まり入院患者の病態や治療計画それに伴った看護計画など、患者の退院までの支援について話し合われる。 先月、私は市川主任と言い合ってしまったことを反省し、発言を控えようと自分から書記に立候補した。部屋の端っこに座りパソコンで議事録を入力する役割だ。 医師たちも集まり、鳴海くんも席についた。カンファレンス室の密度がグッとあがった。今日の進行は市川主任だった。これなら話が横道に逸れることなく、スムーズに終了すると安心ができた。    平和に終わりそうねっ そう安堵していた。話し合いも順調で時間通り終われそうだった。しかしこのカンファ、病棟で起きた運営上の問題も議題としてあがることもある。今日はその日だったらしい。 「この場を借りて一つよろしいでしょうか」 突然、声のトーンを落とした市川主任が挙手をして、私は嵐を予感した。 「三宮先生、麻薬鎮痛剤は事前にきちんとオーダーしてくださいっ!」 びっしと三宮先生に注意したのだ。ここで素直に了解してくれたらいいのに、三宮先生は眉間にしわを寄せて聞き返してしまった。 「なんのこと?」 「425号室のターミナル(終末期)の患者は、麻薬鎮痛剤を使用して疼痛コントロールをしています。処方を忘れて三宮先生がオペに入ってしまうと対応ができなくて看護師がものすごく困るんです!」 「あの薬はフラッシュ(頓服使用)でも使用するから薬の切れる頃合いが読めないんだ。看護師が残量をみて俺に声をかけてくれれば済む話でしょう?」  え…?   この三宮先生の怠慢な態度は…ないよね 私は嫌悪でパソコンを打つ手が止まってしまった。 「処方は医師の仕事です!」 市川主任がビシッと指摘してくれたけど、三宮先生はいやらしく口の端をあげたこう言った。 「君たちが声をかけてくれたらいい。 僕が処方し忘れて困るのは、看護師なんだから」 私は三宮先生のこの言葉に、ものすごくカチンと来てしまった。 この先生はものすごい勘違いをしている。 こんな医師と一緒に働くのは私も嫌だ。 患者にとって益はない! だから、またいつもの自分がでてしまった。   「三宮先生っ、それは間違っていますっ!」 私が大きな声で割って入った瞬間、スタッフが息をのんで私に振り向いた。 だけど言わずにはいられない。 私は三宮先生を真っすぐ見た。 「困るのは、痛みに苦しむ患者です。看護師ではありません」 私は至極まっとうな意見を言ったつもりだ。 その薬が誰のためのものなのか、三宮先生には患者が見えていない。 だからあんな発言につながるんだ。 私は三宮先生から視線を外さなかった。 「わ、わかっているよ。基本を見失っているみたいな指摘するなよ」 三宮先生がそう言って、居心地悪そうに身体を揺らしていた。そこに市川主任がすっと入ってくる。 「なら、悪しき風習は断ち切りましょう。処方は医師の仕事! 毎日、患者の元へ診察に行って、残量を見て早めの処方をよろしくお願いしますねっ」 三宮先生は悔しそうに唇を突き出した。 「藤川さんの指摘は正論ですから、僕たちは反論の余地はありませんね」 鳴海くんも援護してくれた。 「これからは朝の回診で意識して残量をみるようにしましょう」 「鳴海はどっちの見方なんだよ。たくっ」 三宮先生は子供みたいにふてくされる。そんな三宮先生をみて鳴海くんがクスリと笑った。 「三宮先生すみません。 僕は藤川さんの情熱を昔からよく知っているので」   ―――っ!! なぜ、そんなことをスタッフの前で言うのか。 私と特別な何かを匂わせるようなこの発言。 いきなりすぎて、私は身を固めた。 スタッフ一同の視線が鳴海くんと私に突き刺さる。 「二人って…どういう関係なの?」 真っ先に確認してきたのは言わずもかな、森さんであった。つかさず鳴海くんが答える。 「付き合いがあって、知っている仲なんです」  ちょっと待って! それは勘違いされる!!
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