何度でも恋におちる

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本日の天候は晴天なり、高尾山登山は決行との連絡が入った。集合場所は京王線高尾山口駅。私が乗車する駅から一時間半弱で到着できる。余裕をもって移動しようと駅に行くと、改札口前で鳴海くんに声をかけられた。 「藤川! おはよう」 「おはよう…あれ? 鳴海くんも高尾山?」 フランスの登山ブランドのブルーグリーンのショートスリーブシャツにダークグレイのトレッキングパンツ。そして同メーカーの小型のバックパック。アイテムはどれもシンプルなのに、背の高いスマートハンサムが着るとすごく映えた。    遠目からみたらブランドのモデルさんみたい…  やっぱり鳴海くんはかっこいい   「俺も参加するんだ」 「鳴海くん、山岳部なの?」 「ううん、今回だけのビギナー参加」 「私と同じだね。市川主任に新人だから顔を売ってきなさいって今回のみの参加なんだ」 「そうなんだ、奇遇だな。一緒に行こう」 「うんっ」  わーい。鳴海くんも一緒ならきっと楽しめる! 鳴海くんも参加だなんてラッキーだ。労働改革が叫ばれている医師のお仕事は本当に大変だ。きっとストレスが溜まっているんだろうな。自然があれば心身ともにリフレッシュできて気分転換になるよ。 少し浮かれていたこともあって移動時間はあっという間に過ぎてしまった。だって鳴海くんがロボ研の頃の話を持ち出すものだから、顧問の先生の口癖やプログラミング間違いでロボットが暴走した話で盛り上がってしまった。 集合場所の駅に到着した。駅前のコンビニにはすでに病院関係者の山岳部員たちが待っていた。ざっと二十名ほど。 「鳴海先生と、新しく入った藤川さんね」 山岳部リーダーの事務局副部長の戸田さん。四十前後の落ち着いた男性だ。 集まった職員たちを見回すと、やはり知らない顔の方が多かった。その中で私にレーザーのようなするどい視線を向ける人がいた。  森環奈さんだ 森さんは骨盤を左右交互に揺らし、色気たっぷりに近づいてきた。しかし標的は私ではなかった。 「鳴海先生ーっ。おはようございますぅ。今日は一緒に登りましょうね」 そう誘われた鳴海くんが目を開いて森さんの上から下を往復した。多分、目を奪われたのは森さんの服装だ。 屈んだら谷間が出現するオーバルネックの白いワンピースにバレーシューズ、手には小さな草編みカゴバックを持っていた。まるで避暑地にでも行くようなファッションだ。 「それで山に登るの?」 鳴海くんは呆れ口調で訊ねた。 「高尾山は日帰りで登れる山よ。ちょっとしたハイキングじゃないの」 森さんは余裕の笑みを浮かべた。その後ろからリーダーである戸田さんがアナウンスを始めた。 「高尾山は低い山ですがコースを外れると遭難することがあります。十分、気を付けて楽しい登山にしましょう」 私と鳴海くんの目が森さんの服装に集中する。本当に大丈夫ですかって。 「戸田さんも大袈裟よねー。毎年数百万人が登ってる山なのに」 森さんは余裕たっぷりに、ロングの緩いウェーブを払った。 「ああっ、環奈さんだっ!!」 ある男性が頬を緩ませて森さんの真横にピタッとついた。 「…誰だっけ?」 森さんはそう言って、明らかに嫌そうな目でその男性を見た。 「PT(理学療法士)の山本だよ~」 「ああ…」 「覚えてないの?俺たち去年の忘年会の後に、ホテ――」 「ホテルのバーで一杯だけ飲んだ、山本くんねっ!!」 森さんがものすごく焦った大きな声で山本さんの発言を遮った。 「環奈さんと一緒なんて嬉しいな~。一緒に登ってもいい?」 山本さんが蕩けるような目で、嫌そうな顔を浮かべる森さんを誘った。 結局、私、鳴海くん、森さん、山本さん。この四人で登山が開始となった。 私たちは1号路から登った。山頂までは約四kmだが、前半に急な坂が続くコースだ。 森さんは張り付く山本さんを無視して、積極的に鳴海くんに話しかけている。その鳴海くんは私に我聞ファミリーの話題を次々に振って来た。 「我聞の妹の担当医、俺なんだよ」 「我聞は卒業式の日にタイムカプセルを埋めた」 などなど…私たちしか知らない話題ばかりで、森さんに入る余地を与えないように感じた。そしてここで森さんが少しずつ遅れ始めた。原因はどうやら靴擦れだ。 「鳴海先生ーっ。待ってよー。足が痛いのー」 森さんは大きな石に腰を下ろして猫なで声で鳴海くんを呼んだ。振り返った鳴海くんは「そんな靴で来るからだろう…」と漏らした。そして下ろしたリュックから何かを取り出して森さんまで届けた。 「絆創膏。これで保護して」 「環奈、鳴海先生に貼ってほしいな~」 そう言って森さんは、つま先にひっかけていたシューズを艶っぽく落とした。 白いおみ足にピンクベージュのペディキュアが色気を倍増させていた。張り付いている山本さんの喉がごくりと鳴った。  セ、セクシー… 女の私でさえ、ドキッとさせられた。しかし鳴海くんは淡々としてた。 「はい、山本さん。後はよろしく」 「い、いんですか??」 鳴海くんは絆創膏を山本さんに手渡した。もちろん、山本さんは喜んでそれを受け取った。 「ダメ! 鳴海先生にやってもらいたいの!」 森さんがごねたけど、鳴海くんは聞く耳持たず、すぐに私のもとに戻って来た。 「森さん、大丈夫そう?」 「無理なら引き返すだろう。俺たちは先に行こう」 「う、うん」 森さんには山本さんが付いていたから、私たちは先を進むことにした。
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