何度でも恋におちる

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登ってきた道を戻り、目的の店は中腹あたりにあった。鳴海くんが言った通り、その店にはすでに購入するための列ができていた。私たちもそこに並んだ。 行列には並んでいないが、やはり森さんは鳴海くんの後を追って離れたベンチからこっちを睨むように見ていた。 私は今、無性に気まずい。 なぜって、ランチの店を出てからここに並んでいる今も、鳴海くんがしゃべらないからだ。何か言いたそうなのに、目が怒っていて口を開かない。  ランチの席、森さんが隣に座ったのそんなに嫌だったのかな? 気まずさを打ち破りたくて私が先に口を開いた。 「他の人と話ができて楽しかったよ。いい人ばかりで安心した」 今回の参加目的の成果を遠回しに報告してみた。 「それはよかった」 鳴海くんは腕を組みながら私をゆっくり見下ろしてそう言った。表情は相変わらず。  なぜ、そんなに怒ることがあるの? 「…ねえ、鳴海くん。病棟では森さんと普通に話をするのに、今日はずいぶんと冷たい態度に見えるよ。少し、森さんが気の毒に感じる」 私が思い切ってそう伝えると、鳴海くんは心外って顔で目を開いた。そして、さらに厳しい目を作った。 「藤川の苦手なタイプはどんな人?」 「苦手なタイプ?」 「聖人君子じゃないんだ。誰だって苦手なタイプはいるだろう?」 そう言われて、あの(ひと)が脳裏に浮かんだ。 聖三愛病院でさんざんな目に合わされた黒歴史のあの人。 「……嘘、つく人…かな」 嫌な思い出がよみがえり、テンションが下がった私はうつむいた。 「藤川だって嫌いなタイプはいるんだよな」 「それはいるよっ」 当然だと私は鳴海くんに顔を上げた。 「その人とプライベートでも仲良くしろって言われたらどうする?」  あの(ひと)とプライベートで仲良く?  それは絶対にできない  もう二度と顔もみたくないし会いたくもない 「それは…絶対に無理…」 「俺も同じだよ。森は同僚だから、職場ではコミュニケーションをとる。でもプライベートで嫌な思いをしてまで付き合う義理は俺にはない」 きっぱりと鳴海くんが言い切った。 「森さんのこと苦手なんだね…」 「TPOに合わせた服装が出来ない人、俺は好かない」 ファッションがというより、そんな服を選択する森さんと合わないんだと思った。価値観が合わない人との会話はイライラが募るよね。 たしかに、この登山はみんな楽しむために来ているのだから、森さんに気を遣う道理はない。こんな気まずい空気のまま、この登山が終わるのはもったいない。最後までこの高尾山を楽しもう、私はそう思った。  この話は終わり。気分を切り替えるっ! 私は鳴海くんにいつもの調子で話しかけた。 「我聞はね、ここのおやきを一回に八個も食べたことがあるんだって」 「それ、食べすぎだろう。いや、我聞ならやりそうだな」 鳴海くんもいつも通りに答えてくれた。 「美味しいものに目がないからね。我聞は」 「そうだよ。おちおち冷蔵庫に高級食材は置いておけいないんだ。あいつは勝手に食べるから」 「ははっ。鳴海くんちの冷蔵庫まで漁るのね。さすが我聞だわ」 「じゃあさ、今日はどっさり買って帰ろう」 「うんっ」 鳴海くんの笑顔が復活した。それを見て、私はほっと一安心するのだった。 お土産を買ったら後は下山するだけだ。 最後までこの笑顔のまま終われたらいいな。 このときの私はそんな能天気なことを考えていたんだ。
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