私を守るひと

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病棟のスタッフで柏木さんのお見送りを行った。 そして次は新生児室でのケアだ。 この切り替えもとても大切だ。 私が新生児室に向かう廊下を曲がったとき、病棟に入ってくる鳴海くんと出会った。 「鳴海先生、お疲れさまです。これから病棟?」 「ああ、微弱陣痛で分娩が進まないって連絡が入ったから」 「そうなんだ」 と会話をしているところで、午後のバイタルチェックを終えた森さんと鉢合わせた。森さんは鳴海くんを見つけるやいなや、にやりと笑った。 「鳴海先生、お返事、待っているんですけど?」 森さんは意味ありげに問いかけた。しかし鳴海くんはそれには答えなかった。 「あっ、そういえば医局にこんなものが落ちていたんだ。森さんに渡さないとと思って持ってきた」 そう言って自分の白衣のポケットから一枚の用紙を取りだした。それをなぜか私と森さんに見えるように掲げた。 「なんですか? それ」 私たちは近づいて、その紙に書かれている文字を確認した。 ――――――――――――――――     森環奈 産婦人科 三宮浩二 二回 理学療法士 山本高志 一回きり 薬剤師 松井春馬 不定期 副院長 水木洋平 昔は週に一回定期 ・・・・・・ ―――――――――――――――― 森さんを筆頭に、院内の男性スタッフ八名の名前が羅列されている。不思議なのが、名前の横に回数がふられていることだ。 「鳴海先生…これはなんですか?」 私が質問すると同時に、森さんがすごい早さで鳴海くんの手からその紙を奪い取った。そして、その紙を私に見せないように胸に押しつけ、顔色を青くして言った。 「い、医局にこれが…?」 「うん。落ちてたよ」 なぜか鳴海くんが満面の笑みを浮かべていた。 「だ、誰にも見られていない?」 対比するように森さんの顔色はすこぶる悪くなる。 「たぶん。でも、俺は記憶力よくって全部暗記しちゃった」 鳴海くんがなぜか森さんに不敵に笑いかけた。森さんは困惑しながら、鳴海くんを睨むように見ていた。それに構わず鳴海くんは続けた。 「これって森さんが手を出したーー」 「あの話はなかったことにしましょう!!!」 森さんが大きな声で鳴海くんの声をかき消した。その勢いに私は驚き呆気にとられてしまった。 「私も忘れるわ!だから鳴海先生も全部、忘れてね!」 「うん。変な噂が広まったら困るもんな」 「そ、そうよ。噂なんて本当かどうかなんてわからないでしょう。じゃあ、仕事の途中だから失礼」 森さんは無理やりな笑顔を作り、紙をぐしゃっと潰してポケットにしまった。そして、そそくさと勤務室に帰っていった。 なぜか鳴海くんはすっきりとした顔をしていた。私には二人のやり取りの意味は全く不明だった。だけど、森さんのあんなに焦っている顔はみたことがなかった。そしてあんなに青筋が立っている顔も。 「藤川。明日、夜勤だよね?」 「うん、そうだけど…」 私の勤務を訊ねてくる鳴海くんの顔がまた変わったのがわかった。今度もまた、感情が読めない表情。こういうときの鳴海くんって静かに怒っていることが多い気がする。 「俺も当直なんだ。夜、話があるから」 「なんの話?」 「その時に言うよ」 言葉少なめに鳴海くんは分娩室に行ってしまった。その何とも言えない静けさが私は少し怖かった。  私、また何かやらかしたかな? 思い当たることは何もなかった。一体なんのことだろうと私は頭を傾げるのだった。 その話というのが、後に鳴海くんの身に降りかかる災難に繋がるなんて、このときの私は知る由もなかった。
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