私を守るひと

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「東十条先生からよく誘われていたわ。でも私にはその気がないからずっと断っていたの。病棟の子たちと一緒に食事に行ったことがあって、なぜかそこに東十条先生がいて二人きりにされたことがあったの。嫌だったからもちろん断って帰った。でもその日の写真を婚約者に撮られたんだと思う」 撮られた写真は、二人だけで密会しているかのような瞬間をうまく切り取ってあった。そんな事実は一切なかったのに。そしてその写真をたくさんの人がいる外来でばら撒かれたのだ。その写真をみた患者や妊婦さんたちの冷ややかな目。今も思い出しただけでも、胸が苦しくて呼吸が浅くなる。 「悪いのは東十条だろ? 婚約者の勘違いなのに、病院にまで乗り込まれて嘘の写真をばらまかれて、なんで誤解を訂正しなかったの?」 「仕方がなかったの…」 私は力なくそう答えた。 「藤川はいっつもそうだっ。自分が犠牲になっても他が助かればそれでいいってっ!」 「鳴海くん…」 「中学の頃もそうだった。一所懸命、部員全員で作り上げた文化祭の出し物だったのに、部の配布プリントに藤川の名前だけが抜けていた。刷り直すのはもったいないって藤川は簡単に引き下がった。俺は悔しかったよ。毎日一緒に時間をかけて作ってきたのに簡単に諦めてっ!」 鳴海くんが眉と唇を力ませてそう言った。そこからも本気で怒っているのがわかった。こんなに感情を出す鳴海くんは初めてだ。 「そんなこともあったね…」 そのあと鳴海くんの提案で部員のみんなが私の名前を一枚づつ書いてくれた。あの頃から鳴海くんは私のヒーローだった。 「悪いことはやってないのにそんな辞め方、藤川らしくない」 「私は二人に屈したわけではないの。私が辞めようと思ったのは、そこで出産する妊婦さんのためよ」 「どういうこと?」 「もちろん誤解だと説明したわ。でも病院にクレームがたくさん入ったの。あんな看護師がいる病院で産みたくないって。混雑した外来で叫ばれたからたくさんの人が誤解してしまったの。一人一人にあれは間違いですって訂正ができなかった。だから、出産する妊婦さんの気持ちを考えて…、仕方のないことだったの」 私は妊婦が安心して出産にのぞめるように善処を尽くした。それがたまたま”辞める”という選択肢だったんだ。 「今だって、あの二人に負けただなんて思ってないよ。相手にする価値もない人たちだから」 「…そんな」 「看護師は病院が変わっても同じ仕事ができる。今だってこうやって楽しく鳴海くんと働いているわ。だからもうなんとも思ってないの」 これが私の本心。だから、鳴海くんに笑ってそう伝えた。 「本当に?」 「うん。鳴海くん、心配してくれてありがとう。昔から私の世話役だったから、今でも世話をしたくなるのよね。でも、もう世話を焼かなくても大丈夫だよ」 これは心配をしてくれたお礼のつもりだった。昔から鳴海くんは私に率先して声をかけてくれて、やることなすこと隣で教えてくれていた。私は鳴海くんの人の良さに甘えていただけなんだ。もう今は、そこまでしてもらうのは申し訳がなかった。 それなのに、鳴海くんはとても辛そうな顔をしている。 「なんで…そんな言い方になるの? 俺は世話が好きなわけじゃない」 鳴海くんが私の肩をドンっと押して、背後にある分娩台に私の身体を押し付けた。そして私の前に立ちふさがる。左右に張り出す足台のせいで私はその小さな空間に閉じ込められていた。
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