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賄賂と苦肉の策
「そろそろかしら」
「そうですね」
侍女ミミと部屋でのんびり寛いでいると、予想通り扉の外が騒がしくなって来た。そしていくらもしない内に荒々しく扉が開かれると、まさに今、二人が思い描いていた人物が現れる。
「これはどういう事だい?ニーナ」
「ご機嫌ようダレン様。ダレン様こそどういうつもりかしら。いくら義妹の部屋とはいえ、護衛兵を押し退けてまで入って来るなんて、少々強引過ぎですわよ」
「そうだね、それは詫びよう。だが、そうなった理由はニーナが一番分かっているんじゃないかな」
甘いマスクから苦いマスクに切り替わったダレンは、俊敏な動きで給仕に消えたミミの代わりに、ミミのお尻でぬくぬくに温められたソファに座った。
「私を謀ったのか」
「まさか。心外ですわ。ソウロ様の王太子任命の件は白紙に戻されたはずです」
「ああ、誰の反対も問題もなくすんなりと可決されたさ。でも兄上が指名されてないよ」
「ダレン様。私の口添えで白紙になったのです。忖度好きのこの国の貴族達は、どうお考えになるでしょう? 私達の夫婦仲が良くないことは周知の事実ですし……」
ますば確実な一歩から。
全部を一気に片付けようとするから結論が出ないのだ。
王女ニーナの意思がどこにあるのか、大国の姫の顔色で情勢が左右されるこの国で、ソウロが再び脚光を浴びることはないだろう。
「つまりニーナは、ソウロの後ろ盾から降りたことを示したってことだね」
「ええ。あれだけ嫌がっている人に大国の力や金銭を使って無理やり王太子に据えるより、周囲の声が無視出来ないほど大きくなれば、自ずと了承せざるを得なくなります」
「確かに……初めは嫌々ながらも兄上は王太子として生きていたんだ。王族だから仕方ない、長兄だから仕方ない、決まったものは仕方ない、と言いながら虚ろな目をして受け入れていた」
「ですから余計、一度知った開放感を手放したくないのでしょう」
王太子不在は国にとって良くないけれど、幸い陛下も王妃もまだまだ若くて健康面に不安もない。
焦らず、地道に、アレン様の頑なな拒絶を周囲から囲い込めばダレン様の願いは叶う。
勿論、約束通りバックアップはするので、お願いした件も同時進行して欲しいと持ちかけたら、「考えておこう」と大変前向きなお言葉を残してダレン様は出て行った。
上々の滑り出し。
イケメンで完璧な息子を産む日も近い。
「ニーナ様、知ってますか。どこかの国では考えるとか検討する、という言い回しは逃げの常套句なんですよ」
「………ダレン様が一番治世者らしいわね」
飴を与えたようで結果ありき、ということだ。
あくまでダレン様は完璧を求めている。
さて、どうしたものか。
「明日はマフィン、だったかしら」
「はい。生地にバナナを練り込み油で揚げたバナナチップをふんだんに塗したものを用意する、と言っておりました」
「まああ! 斬新なアイデアね。楽しみだわ」
考えるのはやめにしよう。
ダレン様が狡猾なのは今に始まったことじゃないし、こちらはこちらで毎朝届くアレン様の賄賂を黙っているのだ。
お互い様。
そう思うことにする。
歓迎会で取引は成立した。
しかし歓迎会後に違う取引が成立している事をダレン様は知らない。
『もしこの手土産がお気に召したなら、秘密裏に連絡して欲しい。店に出していないものやニーナだけのスペシャルメニューも毎日届けよう。ただし……』
王にはならない、しないでくれ、と懇願するアレン様に、承知したと見せかけて、甘味の美味しさと我が身可愛さに賄賂を受け取っている。
「一番の治世者はニーナ様かもしれませんね」
「あら、じゃあミミは宰相ってとこかしら」
「兄を呼べば軍も問題なくいけますよ」
「ふふ、そんなことしたら本当に乗っ取りになってしまうわ」
ミミの軽口に付き合って笑っていたけれど、ミミは心の中で割と真剣に考えていることである。
ミミは許していないのだ。
ソウロも、そしてダレンのことも。
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