アレは観賞用夫にしよう

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アレは観賞用夫にしよう

ソウロの王太子解任の報は、議会のみならず、議会に参加していなかった貴族に向けても大々的に発表された。 そして当然それは、怪我のため寝台に伏せっていたソウロ本人の耳にも届いている。 自分の知らぬところで決定したことに腹を立てたソウロは、ニーナが黙ってないぞ、と動けない身体で周囲を散々威嚇していたが、見舞いと癒しにやって来た最後の後宮女イレーバによってトドメを刺された。 「庭園に咲く花はそこにあるだけで人の心を和ませるもの。手折るのは忍びない、とのことです」 「は?」 「花を折れば萎れます。萎れたら生きれません。つまり、死にたくなければ庭園というニーナ様の庇護の元、観賞用夫として責務を全うするのが貴方様のお役目でございます」 王女ニーナより託された手紙を読み上げるイレーバを呆けた顔で見つめるソウロ。 イレーバは孫のようなソウロ相手に、老婆心と情けで口にしただけで、本当はそんなこと一つも書かれていない。 出しゃばれば離縁する。 と、ひと言だけ書いてあったのを貴族流に訳しただけだった。 見限りの言葉さえ人任せにした王女ニーナは、まだ優しいと言えるだろう。 この後の処理を考えたら優しさとは無縁かもしれないが、命を取られるよりマシだとイレーバは思った。 呆けているソウロに、いつもの痛み止めからすり替えた睡眠薬を飲ます。 寝入ったソウロに最後の奉仕を終えると、イレーバは静かに部屋を去って行った。 「ご苦労様でした。イレーバ夫人」 「とんでもないですわ。生い先短い人生でソウロ様の後宮に入れた事は良い冥土の土産になりました」 侍女ミミより、たんまりお金を受け取ったイレーバは本日、後宮を去ることが決まっていた。 他の愛妾より長きに渡り仕えた事や、王女ニーナに代わり介助や引導を渡す大役を担ったことで、軽く今の倍の年齢まで遊んで暮らせる大金を手にしている。 「……して、アレは問題なく処置出来ましたか」 「はい。私が部屋を出た後、外で待機していた看護婦と医師が入って行ったので間違いないでしょう」 眠るソウロは、いま我が身に起こっている悲劇を知らない。 ちなみに言えば、空っぽになる後宮に新しい愛妾を選定中の王女ニーナはこの場におらず、ソウロの悲劇は知りようがなかった。 ソウロは子種を断つ手術を受けている。 イレーバの直感は合っていた。 王女ニーナは優しい。 優しさとは無縁と断じた処置を決行したのは侍女ミミの独断だ。 大国の姫の侍女を侮るなかれ。 時には汚れ役だって根回しだって、主の為ならば何でもこなす気概がなければ務まらない。 侍女ミミの画策、暗躍、実行という復讐は、ひっそりとしめやかに行われた。 秘密を共有するイレーバは誰にも打ち明ける事なく、避暑地に買った豪邸で若いツバメ達を囲い、悠々自適な生活と幸せを享受する。 悲劇の顛末を知らないソウロは、手術から目が覚めた時、腰の痛みとは別の鈍痛が股間を直撃し、不自由な身体で寝台を転げ回ったそうな。 それにより疲労骨折の治りが遅れ、王女ニーナが選定した愛妾と対面したのは三ヶ月後のことである。 「お久しぶりですソウロ様。早速ですが新しい愛妾を紹介させて頂きます」 妻ニーナと会うのも三ヶ月経っているが、そんなソウロの心情は関係ないとばかりに愛妾達が呼ばれて入って来た。 「では右から、シンケッツウ侯爵夫人(65)、シミータレ伯爵夫人(66)、ロウガン子爵夫人(61)、コナフキン男爵夫人(60) ですわ」 思わず踵を返したソウロの前に侍女ミミが素早く通せんぼ。引き攣るソウロの背に追い打ちがかけられた。 「まあソウロ様ったら。お早く後宮に篭りたい気持ちは分かりますが、まだ計画書を渡しておりませんよ?」 「ニーナ……私が悪かった! 許してくれ!」 王女ニーナ好みの顔が涙で濡れている。 土下座しながら足首に縋りつく夫ソウロの懇願に、イケメンは泣き顔もイケてるわ、という感想しかない。 「急にどうされましたの。まだお腰の具合が悪いようですわね。ミミ、護衛のモリンに頼んでソウロ様を自室までお運びしてちょうだい」 「呼びましたか」 「ああモリン。ソウロ様が大変なの。お願いしてもいいかしら」 「勿論です」 扉の前で待機していたモリンは王女ニーナの声を聞きつけ、嬉々として入って来た。 実はモリン、美形専門の同性愛者である。 しかも手が早い。 床に項垂れるソウロを軽々姫抱っこする間に尻を三度撫で回す。 王女ニーナは、そんなモリンの早技に、次の愛妾候補は男もありかも、と侍女ミミと頷き合っていた。
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