正妻の務め

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正妻の務め

王女ニーナは、この国の陛下と王妃、つまり義父と義母に謁見を願い出たあと、金銭で釣りに釣りまくった有力貴族に議会を招集して貰い、満場一致で本題となった議論を可決させた。 その間、好みの熟女と遊び倒していた夫ソウロは、妻となった王女ニーナの策略に気付かぬままこの世の春を謳歌していたが、すっかり疎遠になっていた妻のご機嫌伺いも抜かりなくこなす頭脳は持っていたらしい。 ごくたまに食事を共にする。 ごくごくたまに茶も共にする。 ソウロの裏も表も知り尽くした今、同じ空気を吸うのも腹立たしいが、好みど真ん中な顔面は昂る気持ちを慰めた。 閨はソウロが何やかんやと理由をつけて皆無だが、来たら来たで侍女ミミが握り潰す気マンマンなので、将来の子種のためスルーは有難い。 届けられる花束。 ドレス。 宝石類。 恋心があるなら石ころだって宝物になるが、恋は綺麗さっぱり消え失せている。 大国の姫にとってはただの見飽きたもの。 要らないし邪魔。 しかし品物に罪はない。 有効活用すべく手足となった侍女に右から左へ流れ作業のように下賜していた。 送られる物品と一緒に添えられたメッセージは、見るだけ時間の無駄なので丸めて焼却炉行きである。 そうとは知らないおバカな夫ソウロは、粗雑に扱われても一途に自分を想う妻の呼び出しに、面倒ながらも無下にする下策はしない。 建前は夫婦。 好みじゃなくとも大国の姫を娶った以上、そこそこ交流するのは仕方ない。 悪口や愚痴は陰で言ってなんぼ。 知られなければ無かったことになるのだから。 「やあニーナ、どうしたんだい?」 自分の送った物がない王太子妃の部屋に気付かないソウロは、控えていた侍女ミミの殺気にも気付かない。 茶器を手に毒でも仕込んでやろうかと目をギラつかせるミミを、扇子一振りで制した王女ニーナは、向かいに座る夫ソウロに向けて沈痛な面持ちで喋り出す。 「まずは謝罪を。ソウロ様、私が至らぬばかりによそで子種を吐き出させてしまって申し訳ありませんでした」 「え?!」 盛大にやらかしているくせにバレていると思ってなかったソウロは、妻の謝罪に冷や水を浴びせられた。 「子作りという正妻の役目を果たせぬ妻など用無しでしょう」 「そそそんな事ないぞ!」 「でも、」 「でももへちまもない!私はニーナを愛してるんだ!」 離縁はまずい。非常にまずい。 後ろ盾を失うわけにはいかない。 少し遊び過ぎたか、もっと妻を構えば良かったか、いやいやいくら眼中になくとも初夜以来、閨を共にしなかったのが悪かったのだ。 ソウロは過去の反省と、どうにかこの流れを変えようと心にもない愛を叫ぶ。 扇子で隠された妻の口角が小気味良く上がったことに気付けないままに。 「最悪離縁も考えておりましたので嬉しいですわ。しかし、調べたところソウロ様の好みと私はかけ離れているようですわね」 「っっ! ち、違うぞ!」 「あら、そうですの? 私、貴方の為に貴方好みの愛妾を後宮に集めましたのに……」 「なんだって?!」 「貴方の好みは処女じゃないので側室は無理でした。特例として愛妾を後宮に住まわせることに陛下も王妃も、そして議会も承認してくれましたの。あちこちで子供が出来るのも困りますし、正妻の務めは夫を支えることも含まれるでしょう?」 満面の笑みで話す妻にソウロは絶句する。 この提案に喜んでいいのやら、全てバレていることに恐怖していいのか分からない。 最大の懸念事項、離縁は免れたはず……だよな? 「ソウロ様。顔合わせとして、こちらにお呼びしても宜しいでしょうか」 「あ、ああ……」 後宮を取りまとめるのも正妻の務め。 急な事だが頷くしかない。 侍女ミミが隣室の扉を開けると、入室して来た愛妾達にソウロはこれでもかと目を見開いた。 「右から、タレーヌ侯爵夫人 (70) 、シワンヌ伯爵夫人(73)、ヨーツウ伯爵夫人(69)、カターコリ子爵夫人(64)、最後にイレーバ男爵夫人(78) ですわ」 「なっ、なっ……!」 「嫌だわソウロ様。皆様が素敵なのは分かりますけど見惚れ過ぎですわ」 「に、ニーナ……」 「はい何でしょう? どなたも人生経験もあちらの経験も豊富な麗しき熟女でしょう? 厳選な面接の結果選びましたのでそこは間違いないかと思いますわ。特にイレーバ様は未亡人となって50年ですって。手練手管は勿論のこと、口淫においてはプロ以上と聞き及んでおります」 侍女ミミが愛妾達にソウロへの癒し日、つまり致す日取りの計画書を渡していく。 最後に呆然と佇むソウロの胸ポケに捻り込むと、もう用はないとばかりに部屋から追い出した。
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