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取引成立
「ニーナ様! よくご無事で!」
歓迎会を終えて自室に戻って来たら、一心不乱に何かを書き付けていたミミが駆け寄って来た。どこもにも怪我がないことを上から下まできっちり確認されたが、その表情は阿修羅のごとく怒り狂っている。
「心配かけたわね。私は大丈夫よ。ミミは?何もされなかった?」
「どちらかというと私がしましたね。でもそれはあちらが悪いので自業自得です。ニーナ様に何があったか聞きたいところですが、丁度いま兄に全戦力を率いて来て欲しい旨を認め、」
「ミミ、ミミ!待ってちょうだい。その手紙は出さなくていいわ。それよりも、少し相談したいことがあるのよ」
阿修羅ミミを何とか宥めすかし、アレン様に持たされた手土産のバナナ饅頭をお茶請けに、歓迎会であった出来事を伝えた。
「全部筒抜けだったんですね」
「ええ。最初からバレバレだったみたいなのよ。だからこちらも開き直って要望を伝えたら、あっさりオッケーされたわ」
「えっ!ダレン様がいいって言ったんですか?! ニーナ様は曲がりなりにも弟の伴侶なのに?!」
「私とダレン様の思惑が一致したのよ」
王女ニーナは散った初恋の恨みと矜持と未来の完璧イケメンの為に。
ダレンはアレンから王太子の座を奪ったソウロへの復讐のために。
ダレンは八つ当たりに近いが、夫婦仲はどうあれ王女ニーナを寝取れるなら喜んで、だそうだ。
「……ちなみに、早漏かどうかお確かめは?」
「したわ。重要なことだもの。遅漏ですって」
「……早漏よりマシですね」
「ええ」
だいたいの内容は話せた。
休憩がてらミミと一緒に手土産のバナナ饅頭を一つまみすれば、今まで味わったことのない絶妙な甘味に顔を見合わせる。
「さすが腐っても王子ですね。どこの高級菓子を用意したのでしょう」
「アレン様の手作りですって」
「まさか」
「オープン予定のバナナカフェ二号店の目玉にする新作らしいわよ」
アレン様曰く、三日三晩、寝ずに試作品を作り、試行錯誤の上ようやく完成したと持たされる前に力説されたのだ。
何の冗談かと思えば、昼は執務で夜はお菓子作り、朝は一号店の方に作ったお菓子を届けるのが日課だとダレン様に耳打ちされる。
趣味と実益を国民の暮らしに反映させながら執務も疎かにしない、そんな兄上はまさに真の王、スペシャルパーフェクトな王だろう、と自慢げにブラコン語りまでされたけど。
一つまみのつもりが程よい甘みに手が止まらず、結局ミミと二人で全部平らげていた。
「話しは分かりました。ニーナ様がダレン様と閨を共にすると決めたなら私は従うだけです」
「ありがとう。ただね、それを実行するにはある条件をつけられたのよ」
「敵はなかなか狡猾ですね」
「味方かどうかは怪しいけれど、ダレン様の言う条件をクリアしたら問題ないわ。条件じたいは難しくないし……」
「何かあるんですね、引っかかりが」
ある。
というかその引っかかりが最大の難関と言えなくもない。
「ダレン様は私にアレン様の後ろ盾になって欲しいそうよ。それは全然構わないのだけど、当の本人にその気がないのがちょっとね」
金銭をばら撒くまでもなく、大国の姫という立場がアレンを押せば苦労もなく王太子の座に返り咲くだろう。
棚からぼた餅のソウロがそうだったように。
けれど、
『嫌だ。俺は今の生活に満足している。大満足と言っても過言ではないほどにな。また王太子なんぞになったら、やれ後継者を作れだの菓子作りは相応しくないだの、せっかく独り身になれたのにどこぞの高位令嬢と強制的に政略結婚だ。王子は俺だけじゃないだろう。俺じゃなくてもいいはずだ』
断固としてアレン様がドラミングの残像が見えるほど拒否をする。
ダレン様は聞き流していたが、こんな状態で無理やり戻したら、今度は王女ニーナがその剛腕で縊り殺される未来しか見えなかった。
「殺される前にヤリますか? 幸い性欲マッハでよみがえーるはアレが使用不可になったので余っておりますし」
「ダメよ。ダレン様は遅漏なのよ。そんなもの使えば私が抱き殺されるじゃない」
「そうでした……では、どうします?」
アレン様の気持ちを無視して進めるか子供を諦めるか、名残惜しいしめちゃくちゃ腹立つけれど復讐を道半ばで辞めて離縁するか。
せっかくダレン様と取引成立したのに、難題という大きな壁が立ちはだかる。
王女ニーナと侍女ミミは、その日はずっと答えの出ない問題に頭を悩ませることになった。
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