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 夜食を食べ終わって片付けをした後、ソファーに寝転がった。黒崎がテレビを観ている。先に寝ろと言われたけれど、まだ一緒に居たいから、寝ずにいる。 「夏樹。早く寝ろ」 「意地悪言うなよ。一緒にいたいんだよ」 「はいはい」  優しく笑いかけられた。最近では黒崎から偉そうな言い方をされるし、料理のことでも文句を言われるようになった。そして、下着姿でウロつくし、頑固親父になってきた気がする。でも、俺だって同じだ。結婚後は彼に対してキツイ言い方をしていると思う。今朝も嫌な言い方をしたと思う。謝ろうと思った。 「ごめんね。今朝のことだよ。さっさとゴミを捨てて来いって言ってごめんなさい……」 「あれはショックだった」 「ごめんってば」 「俺も同じだ。遠慮がなくなった。すまなかった」 「素直に謝るなんて珍しいね。俺も遠慮がないよ。不思議だよ。環境は変わっていないのに。クラスの奴から、変わったって言われたよ」 「そうだな。俺も同じことを感じている。結婚したことで気持ちが安定した。社内でも言われたばかりだ」 「何て言われたんだよ?」 「お前が先に言え」 「雰囲気が柔らかくなったそうだよ」 「そうか。俺もそう思う」 「あんたはなんて言われたんだよ?」 「どっしり構えていると言われた」 「前と変わらない気がするよ?堂々としてるし」 「以前は社長室へ入りたくないと言われていた。俺がピリピリしていたからだろう」 「それって酷いよ。黒崎さんは頑張っているんだよ?社長としての責任もある。レストランへ来てくれた人がリラックスして、楽しい時間を過ごせるように、アイデアを出してるのに。休みなく働いてて、睡眠時間だって短いんだよ?」  なんだか腹が立った。社長室へ入りたくないのは言い過ぎだ。ムカムカしていると、黒崎が笑い始めた。視線を向けると、肩を揺らしていていた。 「なんで笑うんだよ?」 「ん?」 「俺は怒っているんだよ?社長室へ入りたくないって、言い過ぎだよ」 「以前はクッション言葉を使っていなかったからだ。どんなに優しい顔をしていたとしても、相手は良いものに感じないはずだ」 「今は違うんだ?」 「ああ、違うぞ。クッション言葉を使っている。大変だと思うが、気にするな、もし良ければだ。おかげで、エレベーター待ちをしている時に、蜘蛛の子を散らすように逃げられなくなった」  何だか楽しそうだ。仕事から帰宅した時は機嫌は悪くないものの、疲れている空気があった。今は楽しそうだし、柔らかい空気で帰ってくる。 「たしかに。帰って来た時、笑ってるもんね」 「家庭があるからだ。お前とアンが待っているから頑張れる。気力と体力をしっかり充電できる場所がある。仕事中に何かあっても、指輪を見るだけで気持ちが安らいでいる」 「黒崎さん……、嬉しいよ。うっうっ」  一気に涙が溢れてきた。黒崎には幸せになってもらいたい。そのお手伝いが出来ている事が分かった。 「夏樹、いつもありがとう」 「あんたには感謝している。料理の味付けにうるさい。スーツに埃ひとつ付けられなくても。スーツの保管に気を遣う毎日でも。メッセージカード、ラインID付き。さっきはフローラル系の匂い。女の人が接客しているお店に行ったんだよね?それでも幸せだよ」 「店に行ったのは俺の希望じゃない。誰にも触っていない」 「うん、分かっているよ。でも、ボディータッチぐらいはされたんじゃないのかな?黒崎さんは素敵だから、女の人は喜んで隣に座ったと思うよ?それでも我慢しているよ」 「そんな話、どこで覚えて来たんだ?」 「うちのお父さんだよ。あと、藤沢からも」 「無駄な知識を吸収するな」 「いたっ。下唇を引っ張るなよ。暴力亭主!実家へ家出するからね。恥を忍んで迎えに来いよ」  黒崎の威圧感に負けないように、唇を尖らせて言った。すぐに指先が伸びてきたから、慌てて唇を口の中にしまい込んだ。 「だから、帰って来たくなる。アンの散歩中に溝へ片足を突っ込んで、俺が助けた。水溜りで尻もちをついて、汚れた制服で車に乗られた。それでも帰って来たくなる」 「昔の話だよ。忘れろよ。好きだよ~」 「オヤジは嫌いなんだろう?」 「15歳も離れているもんね。あんたから見たらガキだろ?バランスが取れていいじゃん」  タオルケットに侵入して来た黒崎の手を叩いてやった。そして、ついでに蹴ってやった。
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