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13-3
午前10時。
手続きを終えて、北館の教室から出た。結構時間が掛かったと思う。大きなトートバッグを持参して正解だったと思った。持ち帰る書類が多くて、バッグは満杯に近いからだ。
するとその時だ。理学部フロアから森本が出て来た。これから剣道部の方へ行くそうで、またここで別れることになる。お互いに向かう先には、サークル勧誘の列が並んでいる。どれだけあるのか数え切れない。物事に動じない森本でも驚いている。
「おおー、これがサークル勧誘のテントか」
「200メートルぐらいあるね~」
「じゃあ、ここで。本当に平気なのか?」
「いいよ。羽賀先輩が待っているだろ?」
「何かあれば、連絡して来いよ」
「うん。じゃあね」
森本に軽く手を振って、聡太郎との待ち合わせ場所まで行った。北館の出入り口だ。人が多いから、自販機の反対側で待つように言われた。さっき聡太郎からラインが入り、あと10分で到着すると書いてあった。
ここで待っている間、上級生からサークルの勧誘を受けた。黒崎からアドバイスされた内容を守ることにした。質問に対しては短く答えて、それ以外の言葉を口にしないことだ。でも、それは難しくて、次々に質問されて、答えに困った。ぶっきらぼうになると感じ悪いかも知れないと思ったからだ。
「こんにちはー、街歩きサークルです!のんびりやれるよ」
「……お構いなく」
「可愛いなあ。モデルをやっていないの?」
「……いいえ、違います」
「誰かを待っているの?一緒に居ようか?連れて行かれるからね。おーーい、山下、チラシを持って来てくれー」
さっきよりも人が多くなり、いつの間にか上級生達に取り囲まれていた。これでは聡太郎が俺のことを見つけにくいだろう。何とか抜け出そうとした時、どよめきと同時に、人波が左右に割れた。何があったのだろうか。
(……どうしたのかな?ああ、聡太郎君だ!)
上級生達が向こうの方を見ている。視線の先には、黒いTシャツを着た男性が立っていた。真っ白な肌に、艶のある黒髪をしている人だ。こちらを見て微笑んでいる姿は見覚えがあり、手を振った。聡太郎だった。
「夏樹君。おまたせー」
「聡太郎君!久しぶりだね」
人波など気にせずに、聡太郎がずんずんと歩いてきた。上級生達が俺達のことを遠巻きに眺め始めた。そして、聡太郎が目の前の階段を一段ずつ上がるごとに、人波が後ろへ下がって行った。そして、最後の一段を上がった時に、周りの人が去って行った。俺は聡太郎の赤みのある唇で微笑まれ、漆黒の目で見つめられた。聡太郎は黒崎のように迫力があると思う。だから周りが逃げて行ったのだろうか。
「サークル勧誘の子に囲まれて……、大変だったね」
「うん。ビックリしたし困ったよ」
「そうだよね。さあ、ドイツ語クラスの集まりへ案内するよ」
「うん。宜しくお願いします」
聡太郎から促されて、階段を降りて行った。聡太郎は農学部の院生だ。構内に詳しいし、ファンの生徒も多いそうだ。聡太郎を通じて繋がりが出来るだろうと、伊吹から教えられた。
「さあ、行こうか」
テントの列の前に立った。新入生歓迎の声が上がっている。チラシを差し出された子、肩を抱かれて連れ去られている子、上級生から羽交い締めにされた子がいる。その光景に圧倒されてしまった。すると、聡太郎が涼しげな顔で、テントを差した。
「北館から出て、正門へ出る通路は、ここにしかない。猛烈なサークル勧誘を仕掛けるために、待ち構えているんだよ。通過し終わるまで時間がかかるよ。新入生に負担を強いる行事ともいえる」
「すごいねえ……。一人だと帰れなかったかも」
「そうだろうね。夏樹君は目立っていたからねー」
「人に囲まれていたのに、よく分かったね?」
「不自然な人垣が出来ていれば、見当がつくよ」
あんなに勧誘されていたのに、どんどん人が離れて行った。聡太郎のせいだけではない。あちらこちらから聞こえている言葉で、どんな理由なのか察しがついた。原因は伊吹だろうと思った。
「桜木君と一緒に居るのは、中山伊吹の弟だそうだ!」
「うわーーっ」
「お近づきになれない……」
「桜木さんがいる。そうか、伊吹の弟だもんな」
「話しかけたいのに~」
この大学でも伊吹は有名のようだ。2年しか在学していなかったのに、一体何があったのだろうか。聡太郎に聞きたいのに、怖くて聞き出せなかった。
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