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「だから、私は夫と喋ったこともないの。ずっと眠っていたから。もちろん結婚式もしていないし、そもそも会わせてもらったこともほとんどないの。」
「ご主人が亡くなったから働かされたわけじゃなかったのか……。」
「最初から採掘場の道具として売られただけよ。
あっでももう本当に今は気にしてないの。こうやってアンリといれるから本当にもうなにも。」
イリスは明るい声でいうが、アンリは難しい顔をして立ち止まってしまった。
「こんなことなら攫いに行けば良かった。君には夫がいると思っていたから。」
「それはそうよ。周りの人にも言われたわ、ベルトラン家に嫁げるだなんて男爵令嬢のくせにずるいって。結婚後の生活は漏らさないように徹底されてたし。」
「僕は何も知らなかったんだな。」
アンリが唇を噛みしめる。イリスはアンリの手を取った。
「そうやってアンリが心を痛めてくれるだけでも今の私は嬉しいよ。今は本当に大丈夫だから。」
「うん。」
アンリもイリスの手を握り返した。
こうやってアンリが過去を労ってくれるだけでも救われる。たった二年のことだ。これから先の自由はアンリと共にあるのだから。
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