最高で最低の日

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『ドクン、ドクン』自分の心臓の音が聞こえる。 携帯電話を持つ手が震える。 本当に当たった。どうしよう…… 一億あったら、もう働かなくていい 子どもの塾代でパートの時間増やさなくていい もしかして、旅行とか遊びにもいけちゃう? 手の震えが止まらない…… やった!! 私は思わず大介に電話をかけた。 きっと喜んでくれる。呼び出し音が聞こえる。 「早く、早く、早く電話でてよ!!」 ついつい独り言が大きくなる。喜びが押さえられない。しかし、一向に大介の声は聞こえない。 ああ‼もう‼ たまらずLINEトークに切り替える                   「今どこ」 「飲み屋、風車」           「ああ、あの会社近くの?」 「そう、みんなで打ち上げ」            「どれくらいで帰れる?」 「さっき連絡しただろ、盛り上がってて帰れない」              「話があるんだけど」 「明日にしてくれ」             「今話したいんだけど」 その後、返信なし。 何なのよ!!妻の大事な話は無視か! 私も昔、よく付き合わされたから分かるけど、 「帰ります」って言えば普通に帰れるわ! よし、迎えに行こう 直接大介にロロトくじのこと、教えてあげよう 私は浮かれながら車のキーを取り出した。 信号待ちの車の中で、独り言が止まらない。 大介は「え―、ホントか、すごいじゃないか!」と褒めてくれるだろうか。夫は割と背が高く、年の割には鍛えた体でツーブロックの髪型が結構似合う。 そうだ、車が欲しいって言ってたから買ってやってもいいかなぁ でも、これから買い物の時は、必ず荷物全部持ってもらおう、だって私が当てたお金だし 翔も何ていうかな、 あ!高校生になったら、新しい携帯電話買ってあげるねって言おう。 第1志望合格ならどれでも好きなの選んでいいよって。そしたら、受験勉強頑張るかも 二人とも、私の話聞くだろうな 思わず顔がにやける。そんな妄想をしていたら、 すぐに飲み屋、風車の駐車場に着いた。 店に入ろうかな、でもこの格好ではねぇ… 誰が見ても部屋着と分かってしまう。さすがに恥ずかしい…どうしようか考えていると、風車からぞろぞろと帰りの客が出てきた。そこに大介の姿を見つけた。 携帯に電話しよう。着信鳴らせば気づくよね タクシーに乗り込む年配者は取引先だろうか。 若い女性とともに、頭を下げる大介の姿が見える。 部下の子かな。大変ね。打ち上げとはいえ、酒の席では女子は喜ばれるからな。 そうだ、あの子も車で送ってあげよう。 今日の私は機嫌がいいの! 私は車から降りて、大介に声をかけようと背後から近づいた。しかし、それ以上言葉を発することはできなかった。 二人はキスをしていた。 「今日、泊まってく?」 「もちろん、ずっと、ゆいかのそばにいる」 大介に優しく肩を抱かれ、寄り添いながら歩いていく女性。 今の、なに… 優希は頭が回らない。 大介が若い女性とキスしているのが理解できない。けれど、二人の姿を見失わないよう、ゆっくりゆっくり後をつける。しばらく歩くとまだ新築だろうか、きれいなアパートがあった。そこに、吸い込まれるように大介と若い女性は慣れた様子で入っていった。204号室の数字が歪んで見えた。 アパートの駐車場側に回ってみた。204号室の電気はしばらくすると、すぐに消えた。 私はどれ位立ち尽くしていたのだろう。 駐車場でクラクションを鳴らされて、我に返った。 どうやって戻ってきたのか分からないが、優希は自分の車にキーを差し込んだ。 ガチャっとドアが開く。 乗り込もうとするのだが、足が震えているのが分かった。携帯電話が手から滑り落ちるのも分かった。 そして、夫に裏切られたことも分かった。 ……このまま帰りたくない 風車から一人、また一人と客が帰っていく。 しかし、一人だけ、隣の店に入っていく男性の姿が見えた。『炎舞』と美しい書体で書かれた店の看板が目に入った。 全身が焼かれていく、そんな感覚に墜ちた優希は フラフラと炎舞の扉を開けた。
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