契約

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「いらっしゃい」 扉をあけると、ほのかな灯りに浮かび上がる店内は、こだわりのある洒落たバーだった。物腰の柔らかそうなお店のママが、微笑んで私を迎えてくれる 「カウンターへどうぞ」 私には場違いなお店のように感じた けれど、今日はお酒を飲みたい 「何になさいますか」 そう言われても、メニューもないから何を頼んで いいのか分からない。 「あの、このお店のおすすめは何ですか」 「レッドアイですよ。トマトジュースとビールを  混ぜてあります。比較的飲みやすい。」 突然男性の声が聞こえてきたので、振り向いた。 そこには芸能人かと思えるほど容姿端麗な男がいた 年は30代半ばぐらい。整った顔、ひと目で分かるブランドスーツ、手首からは高級時計が見え隠れする。テレビでしか見たことのない、いい男の代表のような素敵な男性だった。 「うわ、かっこいいですね。職場はモデルですか」 「いいえ、何だと思います?」 私、こんなイケメンに話しかけられている。 普段なら、飛び上がれるぐらい嬉しいはずなのに。 でも今日は…… 「すみません。一人で飲みたいので」 私はテーブルに置かれたレッドアイを、ゴクゴク飲み干した。そんな優希をみて、男性は不意につぶやく。 「あなた先ほど、駐車場で僕の後をつけてきた  でしょう」 嫌だ。見られてた…… 自分の顔が熱くなるのが分かる。 え、もしかして私、ナンパ女だと思われてる? 恥ずかしさで倒れそうになる。 「違います!」 大きな声を出したその時、私は窓に映る自分の姿が見えた。部屋着に近いヨレヨレの服、 手入れされてないショートカットのボサボサの髪、 目の下のくま、 化粧も半分落ちて、眉間にシワが寄った顔。 ああ、みっともない こんな姿じゃ、大介は愛してくれないよね 涙が溢れてくる。我慢していた思いが一気に溢れだす。 「……夫が不倫してたんです。若い子の家に入っていくの、この目で見たんです。 今日は私の誕生日なのに!」 そう叫びながら、優希は床に崩れ落ちる自分を 止めることはできなかった。
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