契約

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「落ちつきましたか」 ひとしきり泣いた後、男性は私に優しく声をかけてくれた。 「とてもひどい目に遭いましたね。毎日、家族の  ために、生活のために一生懸命がんばるあなたを  放って若い女に走るなんて、バカな男ですね」 「ありがとうございます」 やっと少し、周りが見えるようになった ああ、一言一句が胸に染みる こんなに優しくされたのはどれぐらいぶりだろう 私だって仕事してるのに、掃除機もかけてくれない 夫の大介からは「優希がいてくれてよかった」 とか、感謝の言葉も聞いたことがない。 「なんか、話聞いてもらえてすごく嬉しいです」 顔を上げると、男性は優しい微笑みを浮かべた。 その姿につい 心を許して、優希は話を続ける。 「あなたみたいな優しい人が相手なら  恋人は幸せですね」 思わず心の声が出た。沈黙が流れる。 しまった、変なこと聞いちゃったな 「ほら、こんなにかっこいいし、  恋人がいてもおかしくないかなと思って」 「あなただって十分素敵ですよ」 まるで息を吐くように、私の欲しい言葉をくれる うわ、まずい。ときめく。ダメダメ、これはだめ 浮つく気持ちを必死に押さえこむ。 「いやいや、私なんて全然ですよ。  こんなおばさんさんだし。あ、でもロロトくじ  当たったから、これからはちょっとは身だしなみ  に気をつけようかな、なんて」 「くじ?それはおめでとうございます。  いくら当たったんですか?」 「それがね、一億当たったの。一億。  私、すごくないですか?  一生遊んで暮らせるんですよ」 「良かったですね」 男性はにこにこと話を聞いてくれる。甘く魅力的な声で打つ相づちに誘われるように、私は自分のことを話してしまう。 「私って、すごく運がいいと思いませんか?」 でも、浮気されたから、運がいいのか悪いのか… いや、そもそも運の問題じゃないか 現実を思い出したら、急につらくなった。 私が黙り込むと、男性は、カクテルを一口飲み、 ゆっくりこちらを向いて、とびきりの笑顔で答えてくれた。 「捨ててしまいなさい。夫なんて」 ……と
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