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 つい先日まで薄ピンク一色だった桜並木が、いつの間にか新緑の輝きに変わっていた。  昨日雨が降ったせいか、青々とした葉の一枚一枚が太陽の光を乱反射させている。まっすぐ伸びる大学構内のメインストリートは、まるでイルミネーションで彩られているかのように(きら)びやかだ。  初夏の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込めば、あるいはこの荒んだ心も晴れるかもしれない。そう思いはするものの、数歩行くたびにため息をついているという目も当てられない状況である。それが現在ひたすら落ち込みまくっている、三宅雪乃(みやけゆきの)の哀れな姿だった。  学生課が運営するキャリア支援センターの入っているB棟という校舎を目指し、重い足取りでトボトボと歩く。情けない理由でアルバイトを辞めてしまい、新たな職を探さなければならなかった。  三月末、一年間勤めた個別指導学習塾での講師の仕事を辞めた。なにがいけなかったのか、生徒たちからのレスポンスが(かんば)しくなく、成績を伸ばしてあげることができなかった。  中学生の頃、数学を担当してくれていた女性教師に憧れ、雪乃は教師の道を志すようになった。山を切り開いて建てられた地方の公立教育大学にどうにかこうにかすべり込み、この春から二年生に進級した。  少しでも教育現場について知っておきたいと思い、学習塾でのアルバイトを始めたものの、主に中学生の生徒たちがかかえる「わからない」という気持ちに寄り添うことがどうしてもうまくできなかった。なにがいけなかったのだろう、どうすればよかったのだろうと思い悩む日々を送るうちに、いつしか自分には教師という職が向いていないのではないかと考えるようになった。心の折れる音が、耳の奥ではっきりとこだました。  鉛のような足を動かし、ようやくB棟の入り口にたどり着く。キャリア支援センターでは、アルバイトを含む求人情報を自由に閲覧することができる。  大学進学を機に実家を離れ、品揃えの悪いコンビニがようやく一軒あるようなド田舎でひとり暮らしを始めた。実家からの仕送りだけでは心許(こころもと)ないのでアルバイトをしなければならないが、まともな職に就こうとすると自転車でかなりの時間をかけて市街地へと出る必要がある。三月まで働いていた学習塾も市街地のほとんど中心部、私鉄の駅の近くにあった。どこまでも貧乏学生に優しくない場所に建てられた大学だと、自分で選んでおきながらため息が出る。  求人情報はネットでも検索できるが、大学のキャリア支援センターには大手の求人サイトには載っていない、大学生向けの求人情報が豊富にある。授業の都合などによって雇用条件に融通を利かせてくれるところも多く、インターンを兼ねて雇ってくれる企業さえあった。  四月のはじめは学生でごった返していたB棟二階の学生課も、今日は比較的人の出入りが少ないようだ。ちょうど三時限目の授業中ということもあるだろう。午後二時半という中途半端な時間帯である今は、求人情報をゆっくりと眺めるにはもってこいだった。
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