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 B棟の裏手は芝生広場になっていて、この時間は次の授業待ちの学生の姿がちらほらとあるだけでほとんど無人に近かった。  広場を横切り、沙夜を従えてなるべく人の目につかない木陰の奥へと入り込む。改めて沙夜と向き合うと、雪乃はストレートに尋ねた。 「沙夜ちゃん……あなた、何者?」 「座敷わらし」  なるほど、そうきたか。  ドキドキと心臓が高鳴る中、雪乃は質問を続ける。 「それは、つまり……あなたは、人ではないということ?」  沙夜はうなずき、「あやかし」と答えた。 「特別な人には、見える。普通の人には、見えない。雪乃は、特別な人。沙夜たちが見える人は、特別」  驚きを通り越し、雪乃はそっと天を仰いだ。  知らなかった。まさか自分に、あやかしなんていう人ならざる存在と通じ合える力があったなんて。そもそもこの世界には、あやかしなんてものが本当に存在していたのか。信じられない。話はそこからだ。 「雪乃」  沙夜に呼ばれ、我に返った。 「うん?」 「来て」  沙夜は手にしていた貼り紙を雪乃に差し出し、雪乃をまっすぐに見つめた。 「パパを助けて」 「パパ?」  着物をまとうザ・和風なあやかしの口から「パパ」なんていうヨーロピアンな言葉が飛び出したことへの違和感が凄まじい。しかし、助けてと言った沙夜の言葉は、どこか真に迫っているように聞こえてならなかった。  雪乃が答えるのを待たず、沙夜は芥子(からし)(いろ)の帯に小さな手を突っ込んだ。イルカの調教に使うような長細い笛状のものを取り出し、口に(くわ)える。やはり笛であるようだ。  ピイィィィィィ――!  沙夜の手にすっぽり収まるサイズの笛から、耳をつんざく大音響が放たれた。雪乃は思わず両耳を手で塞ぐ。  音が鳴り止み、いつの間にかぎゅっと瞑っていた目を開ける。遠くでおしゃべりとしている学生たちは、なにごともなかったかのように笑い合っていた。どうやら今の笛の()も、沙夜の言う『特別な人』にしか聞こえないものであったらしい。 「はーい、お待たせーっと」  すると、ふたりの前に空からなにかが降ってきた。ストン、と音もなく地上に降り立ったそれは、なんとなく人の形をしているように見える。  だが、人ではなかった。  おおむね人間の姿形をしているけれど、その背中では大きくて真っ黒な翼がバッサバッサとはためいている。巨大な(からす)の羽のようだ。からだにまとうのは群青色の山伏装束、頭には先の尖った黒いお椀のような形をしたかぶり物・()(きん)がちょこんと鎮座している。顔立ちはどことなくやんちゃな印象を与える少年のようだった。
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