24人が本棚に入れています
本棚に追加
「まいどあり! 駕籠舁の雄飛だよ。オイラを呼んだのはどいつだい?」
幼い男の子特有の甲高い声で雄飛と名乗った翼の生えた少年は、「お」と言って雪乃に照準を合わせた。
「へぇ、こいつは珍しい。あんた、人間だろ?」
「え、あ、私ですか……?」
雪乃のことである。驚きのあまり言葉を失い、目をぱちくりさせている雪乃を見て、嘴を持たない烏のような少年はケラケラと愉快そうに笑い声を立てた。
「おもしれぇ。昔の櫻子を見てるみてぇだ」
「櫻子?」
「あぁ。あんたの他にも、オイラたちのことが見える人間がいたんだよ。ついこの間、寿命が尽きて死んじまったけどな。人間は早死にだから」
雄飛はからっとした口調で言う。なんとこたえたらいいものか、雪乃は引きつった愛想笑いを浮かべた。
「雄飛」
沙夜が雪乃の隣で声を上げる。「おぉ」と雄飛はようやく気づいたかのような顔で沙夜を見下ろした。
「おまえか、オイラを呼んだのは。なんだよ、もう帰るのか?」
「うん。雪乃も一緒に連れて行ってくれる?」
「雪乃? この人間のことか?」
沙夜はうなずく。
「パパのこと、助けてくれる人」
「あぁ、なるほど。弥勒兄の入れ知恵か。円のやつ、くたばっちまってんだったよな」
弥勒? 円? 話の流れから察するに、円というのが沙夜の言う『パパ』か。
「くたばってない」
これまでずっと無表情だった沙夜が、ほんのわずかにムッとした顔になった。
「雪乃が来たら、元気になる」
「そうだな」雄飛が沙夜の頭を撫でる。
「円が元気になることは、オイラたちみんなの願いだ」
沙夜を安心させるようにそう言うと、雄飛はスッと背筋を伸ばして雪乃を見た。
「オイラは烏天狗の雄飛。駕籠舁をやってんだ」
「駕籠舁?」
「現代風に言えばタクシーだな。片道百円でどこへでも、どこまでも好きなところへ連れてってやる」
片道百円? どこへでも、どこまでも?
タクシーとしては破格の安さに、雪乃は惜しげもなく目を見開く。どこへでもということは、たとえばハワイに連れて行ってくれたりもするのだろうか。
「あんたにもこいつをやるよ」
雄飛は先ほど沙夜が使った銀色の笛を雪乃に手渡す。
「行きたいところがある時は、この笛を鳴らしてくれ。オイラが連れてってやるからよ」
「片道百円で?」
「そう、片道百円で」
雪乃は受け取った細長い笛を顔の高さに掲げ、しげしげと眺める。イルカの調教用に似ていると思ったのはあながち間違いではなく、イルカにしか聞こえない音が出るように、この笛も普通の人間には聞こえない音が出るのだ。あやかしと、あやかしの見える特別な人間にだけ聞こえる音が。
最初のコメントを投稿しよう!