第九章 おまじないの正体

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 わたしは次の動画を再生しながら、三条くんを横目で眺めた。真剣に画面を見つめる顔は、やっぱりきれいだ。 (でも「大丈夫」じゃなくて、「かわいい」って言ってほしいな) 「あ。エナさん!」  びくうっ。  三条くんが、はっとして叫んだ。なにかに気づいたって顔だ。わたしはあわてて姿勢を正す。 「な、なに?」 「いまの動画、もう一度!」  鋭い声で言われて、急いで動画を最初から再生する。三条くんとの話に夢中で、その動画はわたしの目に入っていなかった。改めて、わたしも画面を見つめる。  映っていたのは、リビングのソファでお母さんにもたれて眠っている、わたしだ。お昼寝中なのかな。小さいわたしが、気持ちよさそうに寝息をたててる。  眠っている姿を三条くんに見られるのは、子どものときの映像でも、ちょっと恥ずかしい。 『エナのこと、もっとたくさん見ていたいわ。エナが大人になるまで、ずっと』  画面の中で、お母さんが寂しそうに微笑んだ。 「……あ、そっか。このときにはもう、病気のこと知ってたんだ」  またちょっとだけ、しんみりしちゃう。お母さんは机に乗っていた赤い糸を手に取った。それから、同じ机にあった小瓶を取って、一滴の雫を糸に垂らす。 『それは?』  きっと撮影係をしているんだろう、お父さんの声が入った。 『おまじないよ』  お母さんは内緒話をするように、ささやく。そうして、わたしの小指に、赤い糸を巻きつける。 『エナがこれからも、ずっとずっと、みんなから愛されて、幸せになれますように』  きゅっと、ちょうちょ結びをして、お母さんは笑った。 『エナならきっと、たくさんのひとに好かれるはずだわ』 『んんん……、おかーさん?』 『あら、エナ。起こしちゃった?』  画面の中のわたしが、もぞもぞと動く。 「これだ!」  三条くんが叫ぶ。 「エナさんのマジモノは、このおまじないから生まれたんだ」 「これが……?」 「今年になってマジモノの暴走がはじまった理由はまだわからないが、このおまじないが、もとになっているのは確実だろう」  わたしはもう一度、画面を見る。わたしを抱き上げて微笑む、優しいお母さん。 「――すまなかった、エナさん」  突然、三条くんがわたしに頭をさげた。って、なんで? 「え、え? どうしたの、三条くん」  わたしはいろいろ戸惑って、三条くんを見上げる。なんで謝ってるの? ていうか、三条くん、謝る姿勢すら、きれいなんだけども。 「おれはてっきり、エナさんが、モテたくておまじないをしたんだと思っていた」 「うん?」 「それでマジモノが生まれるなんて、どれだけモテたいという欲望が強いんだ、エナさん……と思ってしまっていたんだ」 「……三条くん、やっぱ失礼でしょ」  ぴしっと、わたしの額に青筋が浮かぶ。  ひどくない? わたしのこと、そんなに必死でモテようとする女の子だと思ってたわけ? そりゃ、モテたらうれしいけどさ! 「わたしは、いろんなひとに告白されるより、ほんとに好きなひとに告白してもらえたほうがいいよ」  ふんっとそっぽを向く。三条くんはそうだな、とうなずいて、ふっと表情を和らげた。 「このおまじないは、とても、優しいものだな」  ……ずるい。  そんなやわらかく微笑まれると、怒ってた気持ちも、どっかいっちゃうじゃん。 (お母さんが、わたしに幸せになってほしいと思ってかけた、おまじないかぁ)  じわっと胸が熱くなる。 「……うん。お母さんの、優しいおまじないだね」  お母さんが糸を結んでくれた小指は、いま、なにも結ばれていない。だけど、そっと指をなでて、わたしは笑った。
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