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第十章 マジモノ祓い
三条くんは、切った赤い糸に、バニラのアロマオイルを一滴垂らした。甘い香りが鼻をくすぐる。
「手を」
真剣なまなざしで、三条くんはわたしの手を取った。まるで王子さまみたいだ。小指に、くるくると赤い糸が巻きつけられる。
なんだか、空気がぴりっと引き締まったようにも感じる。いまからはじまるんだ、お祓いが。
(うう、けっこう、緊張するかも)
一度、三条くんが顔を上げた。黒い瞳と、わたしの視線が交差する。いいな、と問うように見つめられて、わたしはうなずく。
「大丈夫だ。おれがいる」
どきっ。
……鈍感なのに、こういうときは、頼りになるんだよなあ、三条くん。
わたしは小さくうなずいた。
「うん。平気」
「よし、いくぞ。――汝の正体、ここに見破ったり」
三条くんは澄んだ声で言う。
「三条ソウマが命ずる。ここに、その姿を現せ。……召喚!」
きゅっと、赤い糸をちょうちょ結びにする。
その瞬間だった。
赤い色から、もやもやと黒い煙がわきだした。
「うわっ、なにこれ……!」
もくもく、もくもくもく。
黒い煙は部屋に立ちこめる。
「来るぞ!」
三条くんの声に合わせて、煙の中でなにかが動いた。
「なにか、いる……?」
ゆっくり黒い煙が晴れていく。
わたしは目を細めて、それを見守った。
やがて、煙が晴れると、部屋の空中に一体の人形が浮かんでいた。片手に乗るくらいの、西洋の人形だ。ふりふりのドレスを着ている。まるでランウェイにおりたったモデルみたいに、美しい姿。すこしだけ、わたしに似ている気もした。
「かわいい、かも」
「油断するな」
つい見とれてしまったわたしの前に、三条くんが立つ。
「あれが、マジモノだ」
え? この、かわいい人形が?
ぽかんとしてしまう。だけど三条くんは鋭い声で言う。
「心の中で唱えろ。もう、おまじないなんていらないと」
「う、うん……!」
わたしはあわてて、三条くんに言われるがまま、ぎゅっと手を握って祈る。
もう、おまじないはいらない。
ひとの心を操っちゃいけない。
わたしは、おまじないなんてなくても――。
『ホントウニ?』
はっとして、顔を上げた。人形が、ふわふわと浮きながら、わたしを見つめていた。闇のように真っ黒の瞳で。
ぞっとした。
三条くんの黒い瞳とは、ぜんぜん違う。この人形の瞳は、怖い。
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