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「え?」
「エナさんは、桜木さんが努力をしていると言っていたな」
「うん」
「だが、エナさんだって、たくさん努力しているだろう」
「わたしが……?」
「毎日の走り込みも、本やお盆を頭にのせるのも、全部、エナさんの努力のはずだ」
三条くんが手から力を抜いて、やっとわたしの顔は、いつもの形に戻った。
「おれは、エナさんの雑誌の写真データを見ながら、興味深い、と言っただろう」
「う、うん」
かわいいって言ってくれなくて、代わりに、興味深いって言った三条くん。なによそれ、って思ったから、覚えてる。でも、その理由を、三条くんは教えてくれた。
「昔より、いまの写真のほうが、見栄えがよくなっていた。だから興味深かったんだ」
「えっと……? でもそれは、マジモノのおかげじゃ」
「いいや。ポーズも増えたし、表情の幅も広がっていた。努力が、むくわれているということだろう」
すとん、と三条くんの声が落ちてくる。
わたしの、がんばりが……。
モデルになったころから、ずっと、どうすれば、すてきな笑顔になるのか考えた。明るい笑顔、いじわるな笑顔、クールな笑顔。たくさん練習した。
ポーズも、一番きれいに見えるものを研究した。どの角度、目線はどっち、一ミリ単位で修正して。
そういうもの全部、ちゃんと役に立ってたって、思ってくれた……?
「エナさん。今年の春から、マジモノが暴走しているだろう」
「そう、だね」
「桜木さんに負けたくなくて、もっとかわいくなりたいと思ったからじゃないか?」
「……はなのんは、デビューしてすぐに、人気になっちゃったんだもん」
わたしにあこがれてモデルになったはなのんに、負けたくなかった。もっともっと、かわいくなりたい。たしかに、そう思った。
その気持ちに応えるみたいに、マジモノが生まれたのかな。
「……でも、マジモノがいないと、わたし、はなのんに負けちゃう」
「大丈夫だ。エナさんは、エナさんの持っている魅力だけで、戦える」
三条くんは力強く言い切った。
わたしは、はっとして三条くんを見る。
「マジモノの影響を受けていないおれが、断言する。エナさんは、とてもすてきだ」
どくん。
心臓が大きく鳴った。
ほめ言葉は、いろんなひとからもらってきた。なのに、どうして、三条くんの言葉は、心に響くんだろう。
(ああ、そっか。三条くんの言葉は、おまじないに惑わされたものじゃないんだ)
本当に、わたしを見て、言ってくれた言葉だから。
(なんだろう、これ)
操られたひとに言われる言葉より、三条くんのひと言のほうが、ずっと重い。
「わたし、かわいい……?」
「ああ」
三条くんはしっかりとうなずいた。相変わらず、三条くんは、「かわいい」って言葉にはしてくれないけど、でも。認めてくれているんだ、わたしのこと。
それは、すごく、うれしくて、心が熱くなって、幸せで……。
「えいっ」
「あ、エナさん⁉」
わたしは、三条くんの顔からメガネをうばいとった。三条くんは、わたわたとあわてる。
「メガネを返してくれ。なにも見えないんだ」
「知ってるよ」
でも、それでいい。
だって、ぜったい、わたしの顔、真っ赤なんだもん。
こんなの、三条くんに見せられない。
「三条くん」
「なんだ? というかメガネを――」
「ありがとう」
三条くんの言葉をさえぎって、伝える。
「ありがとう。三条くん」
わたしは、ぐいと目もとをぬぐった。マジモノなんて必要ないって、三条くんが言ってくれるなら、がんばれる気がするんだ。
「わたし、今度こそ、マジモノを祓うよ。もう一度、いっしょにお祓いしてくれる?」
「……ああ。だが、その前に、メガネを返してくれ」
むうっと眉を寄せた三条くん。
「ごめん。もうちょっと、待って」
顔の熱がおさまるまで、もうちょっとだけ。
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