第十一章 不安

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「え?」 「エナさんは、桜木さんが努力をしていると言っていたな」 「うん」 「だが、エナさんだって、たくさん努力しているだろう」 「わたしが……?」 「毎日の走り込みも、本やお盆を頭にのせるのも、全部、エナさんの努力のはずだ」  三条くんが手から力を抜いて、やっとわたしの顔は、いつもの形に戻った。 「おれは、エナさんの雑誌の写真データを見ながら、興味深い、と言っただろう」 「う、うん」  かわいいって言ってくれなくて、代わりに、興味深いって言った三条くん。なによそれ、って思ったから、覚えてる。でも、その理由を、三条くんは教えてくれた。 「昔より、いまの写真のほうが、見栄えがよくなっていた。だから興味深かったんだ」 「えっと……? でもそれは、マジモノのおかげじゃ」 「いいや。ポーズも増えたし、表情の幅も広がっていた。努力が、むくわれているということだろう」  すとん、と三条くんの声が落ちてくる。  わたしの、がんばりが……。  モデルになったころから、ずっと、どうすれば、すてきな笑顔になるのか考えた。明るい笑顔、いじわるな笑顔、クールな笑顔。たくさん練習した。  ポーズも、一番きれいに見えるものを研究した。どの角度、目線はどっち、一ミリ単位で修正して。  そういうもの全部、ちゃんと役に立ってたって、思ってくれた……? 「エナさん。今年の春から、マジモノが暴走しているだろう」 「そう、だね」 「桜木さんに負けたくなくて、もっとかわいくなりたいと思ったからじゃないか?」 「……はなのんは、デビューしてすぐに、人気になっちゃったんだもん」  わたしにあこがれてモデルになったはなのんに、負けたくなかった。もっともっと、かわいくなりたい。たしかに、そう思った。  その気持ちに応えるみたいに、マジモノが生まれたのかな。 「……でも、マジモノがいないと、わたし、はなのんに負けちゃう」 「大丈夫だ。エナさんは、エナさんの持っている魅力だけで、戦える」  三条くんは力強く言い切った。  わたしは、はっとして三条くんを見る。 「マジモノの影響を受けていないおれが、断言する。エナさんは、とてもすてきだ」  どくん。  心臓が大きく鳴った。  ほめ言葉は、いろんなひとからもらってきた。なのに、どうして、三条くんの言葉は、心に響くんだろう。 (ああ、そっか。三条くんの言葉は、おまじないに惑わされたものじゃないんだ)  本当に、わたしを見て、言ってくれた言葉だから。 (なんだろう、これ)  操られたひとに言われる言葉より、三条くんのひと言のほうが、ずっと重い。 「わたし、かわいい……?」 「ああ」  三条くんはしっかりとうなずいた。相変わらず、三条くんは、「かわいい」って言葉にはしてくれないけど、でも。認めてくれているんだ、わたしのこと。  それは、すごく、うれしくて、心が熱くなって、幸せで……。 「えいっ」 「あ、エナさん⁉」  わたしは、三条くんの顔からメガネをうばいとった。三条くんは、わたわたとあわてる。 「メガネを返してくれ。なにも見えないんだ」 「知ってるよ」  でも、それでいい。  だって、ぜったい、わたしの顔、真っ赤なんだもん。  こんなの、三条くんに見せられない。 「三条くん」 「なんだ? というかメガネを――」 「ありがとう」  三条くんの言葉をさえぎって、伝える。 「ありがとう。三条くん」  わたしは、ぐいと目もとをぬぐった。マジモノなんて必要ないって、三条くんが言ってくれるなら、がんばれる気がするんだ。 「わたし、今度こそ、マジモノを祓うよ。もう一度、いっしょにお祓いしてくれる?」 「……ああ。だが、その前に、メガネを返してくれ」  むうっと眉を寄せた三条くん。 「ごめん。もうちょっと、待って」  顔の熱がおさまるまで、もうちょっとだけ。
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