【第二章 四節 絆】

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 前までの私であれば、ここで与えられるものを当然と受け取って逃げただろう。  権力者の娘で、大切にされて然るべきだと。 「いいえ、勅使河原先生が逃げて。先生は明日に向けてすることがあるはず」 「教育者の端くれとして美柑さんを置いてそのようなことは出来ない!」  これは死に向かう行為だ。先生に庇ってもらった方が私の生存率は上がる。けれどーー。 「あなたが生きることで二区全体の何千人、何万人という人達が救われるかもしれないわ。私の命と天秤にかけるには少し重すぎるの」  私は出来るだけ不敵に見えるように笑った。 「大丈夫、私はこれでも権力者の娘よ。度胸がなきゃ、やってられない」  私は先生を脱出口の岩の方へ押し込んだ。 「勅使河原先生、先生の言葉はいつでも勉強になりました。生きてまた会えたら、私立派になったところをお見せします」 「美柑さん......!」 *  脱出口付近をカモフラージュして、私はラボの入り口の正面に椅子を用意して座った。  程なくして男たちがドアを見つけたらしく、武器を構えてラボに入ってくる気配がする。私はふと、成瀬紀香を思い出した。そういえば彼女はいつだって気取った余裕を見せていた。紅茶はないから、飲みかけのコーヒーを優雅に持ち上げる。 「そこのあなた、あなた、あなたも、ノックはしてくれたかしら。誰に向かって銃を向けているの? 私はネオ東京02一等民、伊瀬知 智蔵の一人娘、伊瀬知 美柑よ。図が高いと思わない?」
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