プロローグ

1/5
1183人が本棚に入れています
本棚に追加
/270ページ

プロローグ

 昼どきのカフェテリアは学生たちで賑やかだった。 「あー、今年もダメだったー」  通知書を受け取って、楊遼玲(ヤンリャオリン)は大きなため息をついた。三度目の落選だ。 「何がダメだったって?」  炒麺をかきこみながら、高敬(ガオチン)が訊ねた。 「昌州へのフィールドワーク」 「劉教授の? ボランティアスタッフってやつ?」 「そう。一年生の時から応募してるけど、毎回落ちるんだよ」 「それは無理だろ」 「なんで? 成績は足りてるのに」 「だって、遼玲は香種だし」  高敬は言いにくそうに声を落とした。ほかの人から言われたら反発するが、高敬は地元の私立中学からの幼なじみで、遼玲の事情をよく知っている。  だからその発言には心配が含まれていると伝わった。 「そうだけどさ。でも今どき、香種が理由で参加できないなんてことないだろ」  以前は発香期があるという理由で、香種は行動制限を受けることが多かった。だが効果の高い抑制薬が開発されてからは、香種を理由にした差別的制約は減ってきている。 「表向きはね。でも若い子たちの集団生活で何が起こるかわからないから主催者側は配慮するんじゃないか? 草原でフィールドワークだろ、個室を用意できるとは思えないし」 「それはそうだけど」  遼玲は唇を尖らせる。香種の差別的待遇について今さら愚痴っても仕方ないが、理不尽だと思う。遼玲だって好きで香種に生まれたわけじゃない。  一般的に香種の容姿は整っている。  遼玲も香種らしく人目をひく美しい容貌だが、大学入学時に髪を伸ばして伊達眼鏡をかけ、服装も地味にしている。前髪で顔を隠してしまえば、人から注目されることはなくなった。 「俺は、それより実家が理由だと思うけどな」  魯肉飯を食べていたアレンが口を挟んだ。留学生のアレンは母親が華人なので、流暢な華語を話せる。 「遼玲の実家って裕福なんだろ? あの募集って苦学生にもフィールドワークの経験をって趣旨らしいじゃん」 「でも父とは折り合い悪くて、学費も奨学金もらってるよ。生活費も自分で稼いでるし」 「え、そうなんだ。あんな部屋に住んでるから、てっきり親が全部出してるのかと思ってた」  香種だから住む部屋だけはセキュリティのしっかりしたところを実家が契約してくれている。それは遼玲のためではなく、家の体面のためだ。遼玲に何かあれば、楊家の恥となる。 「全然。父は貴種ですごく保守的なんだ。おれが首都の大学を受験するって言った時も、大反対されたもん。特待生になれたら行っていいって言うから、必死に勉強したんだ」 「へえ、知らなかった。意外と苦労人なんだな」  アレンの同情めいた視線に、遼玲は肩をすくめた。 「おじさんは遼玲が心配なんだよ。小さい頃から誘拐されかけるわストーカーに付きまとわれるわで、とにかく早く貴種と結婚して保護されて欲しいって思ってるんだよ」 「その発想がもう無理。貴種と結婚すれば安泰なんて幻想だ」
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!