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序 章
昼どきのカフェテリアは学生たちで賑やかだった。
「あー、今年もダメだったー」
通知書を受け取って、楊遼玲(ヤンリャオリン)は大きなため息をついた。三度目の落選だ。
「何がダメだったって?」
炒麺をかきこみながら、高敬(ガオチン)が訊ねた。
「昌州へのフィールドワーク」
「劉教授の? ボランティアスタッフってやつ?」
「そう。一年生の時から応募してるけど、毎回落ちるんだよ」
「それは無理だろ」
「なんで? 成績は足りてるのに」
「だって、遼玲は香種だし」
高敬は言いにくそうに声を落とした。ほかの人から言われたら反発するが、高敬は地元の私立中学からの幼なじみで、遼玲の事情をよく知っている。
だからその発言には心配が含まれていると伝わった。
「そうだけどさ。でも今どき、香種が理由で参加できないなんてことないだろ」
以前は発香期があるという理由で、香種は行動制限を受けることが多かった。だが効果の高い抑制薬が開発されてからは、香種を理由にした差別的制約は減ってきている。
「表向きはね。でも若い子たちの集団生活で何が起こるかわからないから主催者側は配慮するんじゃないか? 草原でフィールドワークだろ、個室を用意できるとは思えないし」
「それはそうだけど」
遼玲は唇を尖らせる。香種の差別的待遇について今さら愚痴っても仕方ないが、理不尽だと思う。遼玲だって好きで香種に生まれたわけじゃない。
一般的に香種の容姿は整っている。
遼玲も香種らしく人目をひく美しい容貌だが、大学入学時に髪を伸ばして伊達眼鏡をかけ、服装も地味にしている。前髪で顔を隠してしまえば、人から注目されることはなくなった。
「俺は、それより実家が理由だと思うけどな」
魯肉飯を食べていたアレンが口を挟んだ。留学生のアレンは母親が華人なので、流暢な華語を話せる。
「遼玲の実家って裕福なんだろ? あの募集って苦学生にもフィールドワークの経験をって趣旨らしいじゃん」
「でも父とは折り合い悪くて、学費も奨学金もらってるよ。生活費も自分で稼いでるし」
「え、そうなんだ。あんな部屋に住んでるから、てっきり親が全部出してるのかと思ってた」
香種だから住む部屋だけはセキュリティのしっかりしたところを実家が契約してくれている。それは遼玲のためではなく、家の体面のためだ。遼玲に何かあれば、楊家の恥となる。
「全然。父は貴種ですごく保守的なんだ。おれが首都の大学を受験するって言った時も、大反対されたもん。特待生になれたら行っていいって言うから、必死に勉強したんだ」
「へえ、知らなかった。意外と苦労人なんだな」
アレンの同情めいた視線に、遼玲は肩をすくめた。
「おじさんは遼玲が心配なんだよ。小さい頃から誘拐されかけるわストーカーに付きまとわれるわで、とにかく早く貴種と結婚して保護されて欲しいって思ってるんだよ」
「その発想がもう無理。貴種と結婚すれば安泰なんて幻想だ」
この世には男女の性に加えて、貴種と香種というごく稀な種が存在する。
貴種は頭脳明晰でリーダー的資質を備えている。だから社会的地位の高い者に多く、香種はそのパートナーに望まれる。
理由は香種が貴種を生む種だからだ。
ただし香種は非常に数が少ない。幼少期には体が弱く、命を落とすことが多いのだ。
成長すると十六歳頃からふた月に一度、満月の時期に体から香気と呼ぶフェロモンを出すようになる。それを発香期と呼ぶ。
発香期の香種はとてもあまい魅惑的な香りがするが、その香りは貴種にしかわからない。
つまり貴種は、香種が側にいて初めて自分が貴種だと自覚するのだ。
貴種を輩出した家は、香種をパートナーに迎えて次世代にも貴種を得ようとする。
だから香種とわかると、縁談が山ほど来る。
遼玲にも香種と判明した五年前から、それこそ降るほどの縁談が舞い込んでいた。香種は男女問わず、妊娠出産が可能だからだ。
「でも皇家や貴族からも縁談が来てたのに、もったいないよな」
冗談じゃない。遼玲は盛大に顔をしかめた。
「おれは結婚なんて求めてない。それより自活したいんだって」
「それは難しいんじゃない? 上流家庭の香種は貴族の貴種と結婚するのが一般的だし、遼玲は家柄から言って庶民に嫁ぐことはないだろ」
アレンの言葉に遼玲はため息を返した。
希少な種である香種は、たいてい貴種と結婚する。高い確率で貴種を産む香種は、どんな出身でも貴種の嫁に望まれるし、まして遼玲は地元では名の通った楊家の三男だ。
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