序 章

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「貴種なんてろくなもんじゃない。自分に能力があるからって尊大だし、香種は子供を生む道具みたいな古臭い考えの奴らばっかりだ」  かつて無理やり引き合わされた数人の貴種を思い出して、遼玲は吐き捨てる。 「そもそも誘拐未遂もストーカーも全部、貴種の仕業だったじゃないか」  高敬とアレンは困ったように顔を見合わせた。 「あ、ごめん。アレンみたいな貴種がいるのもわかってるよ。おれの貴種嫌いは父のせいだから」  遼玲の父親は財界の重鎮で、仕事面では非常に有能らしいが、遼玲とは気が合わない。 「いや、いいけどね。嫌な感じの貴種がいるのは確かだし」 「アレンはすでに伉儷(こうれい)がいるからかな、一緒にいても平気なんだけど」  伉儷とは、特別に強い結びつきの貴種と香種の組合せで、運命の相手だと巷ではいう。伉儷に出会った貴種は他の香種には目もくれなくなり、その能力を存分に発揮して成功者となる。  ただし、滅多に出会うものじゃない。 「遼玲も探せばいい、どこかに自分だけの運命の貴種がいるはずだから」 「いい。そんな時間がもったいない。おれは貴種とは関わらないで生きていく」  遼玲の貴種嫌いは根深く、大学入学後もつき合う友人には貴種は入れないという徹底ぶりだ。伉儷持ちのアレンは例外中の例外だった。 「遼玲が会った貴種が、たまたま性格悪かっただけだよ」 「そうだよ、そんな貴種ばかりじゃないだろ。いい奴もきっといるって」  高敬とアレンはそう言うが、本当に貴種はいけ好かないと遼玲は思っている。  いや、世間の貴種に対する評価は総じて高い。支配階級に多いから、あらゆる物事は貴種の都合のいいようにできているのだ。香種は貴種の保護下に入るように、そうすれば生きやすいように社会は仕組まれている。  でも遼玲は結婚して家庭に入って子育てするだけの人生は嫌だった。あんな奴らと結婚するよりは、自活してやりたいことをやって生きていきたい。  目下のところ、遼玲の興味は薬草学に向いている。  発香期を抑える薬としては西洋薬が主流で、効きがいいが腎臓や胃にかなり負担をかける。香種が短命なのは抑制薬を常用するせいだと言われているくらいだ。  遼玲は体に影響の少ない東洋医学の抑制薬を開発したいと思っている。だから大学も、薬草学で有名なここに来たのだ。  このまま平穏無事に大学を卒業して、将来は薬草学の研究室に入りたいというのが、遼玲の希望だった。 「ていうかさ、遼玲はなんでそんなにフィールドワークに行きたいんだ? 旅行で行けばいいんじゃないか?」 「旅行じゃダメなんだ。昌州は非開放地区が多くて。おれが研究したい薬草は非開放地区の草原に生えているんだけど、フィールドワークならそこに入って行けるんだ」 「なるほどね。それでしつこく申し込んでるのか」  でも選ばれないんだよな、と遼玲がため息をついた時、 「あ、遼玲、ここにいたんだ。劉教授が探してたぞ、昌州の事で話があるって」  通りかかった学生が伝言を伝えた。 「何だろ、欠員でも出たのかな?」 「だといいけど。とにかく行ってくる」  昌州と聞いた遼玲は、急いで劉教授の部屋へ向かった。  劉教授の部屋はいつも通り、乱雑に物があふれていた。  遼玲は「こっちに来てくれ」という教授の声で、奥の応接セットまで進んだ。そこに客が二人、座っていた。カジュアルな服装の三十半ばくらいの男性たちだ。  身についた習慣で貴種かチェックする。確実にわかるわけじゃない。何となく気配を感じる程度だ。二人ともたぶん貴種じゃない。 「楊くんは確か、草卉語(そうきご)が話せたな?」 「え? はい」  劉教授の突然の問いにうなずくと、客の二人がパッと顔を輝かせた。 「本当に?」 「ああ、よかった」  何の話だ。フィールドワークの話じゃなかったのか? 「解礼公主って知ってるかい?」  公主って皇帝の娘のことだよな? 時代劇でよく見る高く結い上げた髪に歩揺の簪をつけた女性のイメージが浮かぶ。  突然の質問に遼玲は首を横に振った。 「いいえ、知りません」 「今から千三百年ほど前の喬の時代に西域の異民族に降嫁した公主だよ。文化習慣の違うウェイワル族に嫁いで、両国の友好関係維持のために尽力した。彼らはその公主をモデルにした映画を撮ろうとしているんだ」 「映画撮影?」  二人から名刺を差し出されて、戸惑いながら受け取る。
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