ヴォルフ

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ヴォルフ

 ヴォルフは『スウォルト武具店』という由緒ある武具屋の息子として生まれた。  鍛冶の技術は天才的であったが、次男であったため家を継ぐことが出来ずに独立した。ヴォルフの兄は真面目であったが才覚はなく、スウォルト武具店の質の低下は免れなかった。間も無くスウォルトは貴族によって買収され、言われるがままに武具を生産する工場と化した。  ヴォルフは鍛冶屋として小さな店を構えた。美しい妻と共にささやかな生活を送っていたが、妻は病によって帰らぬ人となった。  ヴォルフが36の時、森へ薪を取りに行った時に赤ん坊が捨てられているのを見つけた。子供がいなかったヴォルフはその子に運命を感じ、ルナと名付け、一人で育てていく事にした。  ルナは鍛冶屋としての素質もあり、小さな頃から時間があれば技術を伝えた。幸せな父娘の生活が続いていたが、徐々に二人の関係に異変が生じていた。  ルナは美しく成長した。美し過ぎるほどだった。ヴォルフのルナへの愛情は娘としてではなく、一人の女性としてのそれへと変わってしまった。いや、もしかしたらそれですらないかもしれない。人生で経験したことがないほどの、破壊衝動的な支配欲に苛まれるようになった。  ルナが12歳になった頃、ついにヴォルフの内に秘めた衝動が爆発した。  ルナの部屋へ行き、すやすやと寝ている少女の上に重なる。ひんやりとしたサテン生地の布一枚だけがヴォルフとルナを隔てていた。匂いを嗅ぎ、美しい顔や身体の輪郭を眺めている。激しくなる呼吸に押されてヴォルフはルナに手を伸ばした。少女の華奢で柔らかい肉質がヴォルフの手から伝わり、その衝動を加速させた。  その時、 「……お父様……この剣は……はにゅ……だから……」  ふと我に返ったヴォルフはルナの身体から飛んで離れた。ヴォルフは1階の店内に降りて、魂を込めて作った自分の剣が陳列されているのを眺めた。その内の1本の剣を抜き、深呼吸した。 「はぐぁぁぁああ!!」  ヴォルフは自分の右足を切断した。    この痛みによって欲望を忘れることが出来る。この足の不自由さによって欲望を手の届かぬものに出来る。そして、父と娘であり続けられる。そう信じた。  それからは店番を娘に任せ、ヴォルフは鍛冶場に住み込んで別居することにした。  ヴォルフは未だにその時のことで自分を責め続けている。
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