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すると石川さんが一層強く、だがどこか甘い感じで僕の腕を握った。
「それに、あたし達、付き合ってるわけですし」
僕は目玉を落としかけた。
「つ、付き合ってる!?」
「はい。電車で帰っているときに、あたしから告白して。…理さんすぐに言ってくれたじゃないですか、僕も好きです彼氏にしてくださいって」
僕はもう自分がわからなくなった。
僕という意識がない時、僕は一気に進化してしまっていたらしい。
「もしかして…、理さん何も覚えてないんですか?」
「え?…お、お…、おぼえてます」
覚えていなかった。
何も記憶になかった。
まるで他人の話を聞いている気分さえする。
だが小賢しく卑しい僕は、覚えてないならなかったことに、はしたくなかった。
「良かった。じゃあ、どうして避けてるんですか、あたしのこと」
一度安心したような笑みを浮かべた石川さんが、今度は頬をぷくっと膨らませて僕を睨んでくる。
いつかララちゃんがこんな顔をカメラ越しに全視聴者に見せてくれていたが、あれよりも何十倍も可愛くて、僕はしどろもどろになりながらも考える。
「それは、えっと、ちょっと、き、緊張しちゃって…」
「緊張?」
「はい、あの、石川さん、その、目に入れても痛くないくらい、か、可愛いので…」
自分でも何を言ってるんだキモイぞと思ったが、どういうわけか石川さんは耳まで赤くして照れたように笑うではないか。
「…なんだ。嫌われたのかと思って心配したじゃないですか」
「そ、そんなこと誓ってないです!」
「うん。じゃあ、これからは」
そこまで言った石川さんが、急に両腕を広げる。
なんだそのポーズはと考える間もなく、ぎゅっと抱きしめられてしまった。
「逃げないでくださいね?」
「っぷきゅぅぅ」
石川さんの上目遣いの爆裂的可愛さに、僕は魔法少女のお供みたいな生き物が出すような声を発してしまった。
何か凄まじいエネルギーが天から降り注がれているような、そんな妙な幸福感に包まれる。
僕は奥歯を噛みしめながら薄暗い天井を見上げた。
僕は。
僕はいつのまにか、こんなに可愛い彼女を持った非童貞になっていた。
なぜか、ふと、僕に自信が湧いた。
僕は、もういくじなしの僕じゃない。
僕は新幹線並みの速さで進化したんだ。
あの頃のように、今ならなんでも頑張れる気がした。
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