523人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ
石川さんに「人のいない所に行きましょう」と腕を引かれて連れて来られたのは、非常階段に出るドアの前だった。
照明が弱くて薄暗く、汗のせいで肌寒さも感じる場所だ。
怖気づいて背の丸まった僕をじっと見つめる視線だけで、僕は胃がきゅぅっと縮まる気がした。
「理さん」
「は、はい」
「…どうしてあたしの事、避けるんですか?」
「そ、それは…」
「あの夜、あたし何かしてしまいましたか…?」
強張っていた肩が、今の問いかけで少し緩まった。それは僕が訊きたかったことだ。
「え…。ぼ、僕達、あの夜は何もしていないんですか?」
石川さんは僅かに目を広げ、すぐに頬を赤く染める。
そうして気恥ずかし気に言ったのだ。
「したじゃないですか…」
「え!?し、したんですか!?」
「…もしかして覚えてないんですか?」
「そ、それは、あのっ、双方の合意があった上でしょうか!ま、まさか僕が無理やり…」
した、という真実を突き付けられた僕は、やっぱり自分が襲い掛かったとしか思えず、恐ろしくて、震えあがる身体を両腕で抱きしめる。
「大丈夫ですよ、同意の上なんですから。…まぁ、ちょっとあたしが押し倒した感じはありましたけど…。でも理さんもすぐノリノリになったし…」
困ったように微笑を浮かべて話す石川さんだが、僕には彼女の声が聞こえていなかった。
やっぱりしてしまったんだ!ど、どう落とし前を付ければいいんだ!豚の貯金箱には10円玉ばっかり入れてたから足りるわけがない!
ぼ、僕はどうすればっ!
「ああっ…、ど、どう責任を取れば…」
半泣きになりながら頭を下げると、石川さんが僕の腕を両手で掴んだ。
「責任って。大丈夫ですよ?ちゃんと避妊しましたし」
ひ、避妊!?あああ…あわあわ…ぶくぶく…
童貞で知識もそこそこの僕の脳は、避妊という言葉を受けてエラーを起こす。
最初のコメントを投稿しよう!