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「部屋借りるときって、前の居住者が気になったりしませんか?」
うーん、と対面にいる相手が頭をかしげた。ビール缶のプルトップに指をかけながら応じる。
「俺は、事故物件でも気にならないかなぁ」
小気味よい開栓の音が響き、飲み口に白い泡が散る。ぐっとあおって一息をつくと、前髪へと手をやり、顔をしかめた。
「あんなのは気分的なもんでしょ。同じ物件なら安いほうがいいに決まってるよ」
言い終えると、快活に笑った。
外回りの仕事をしているのか、目の前に座っている男はほどよく日に焼けた肌をしている。なかなか彫りの深い顔立ちで、精悍な長身とくれば女に苦労もしないのだろう。横文字の入った大量生産のTシャツですら、雑誌に載ってそうなブランドの商品に見えてくる。
「そういうの気にするほう?」
「ええ、まあ──」
気弱に聞こえて、あわてて言い変える。
「どっちかというと……霊現象がどうこうと言うよりは、ああいった物件に住める人間が気になりますね。なんせ、近隣の民度にも関わるらしいですから」
「ああ、なるほど」
そういうのはあるよね、と相手が笑い、ビールの缶に口をつけてごくりごくりと喉を鳴らすと冷えた息をひとつ吐いた。
「んじゃ、ここに越すまでにけっこう調べたんだ」
「それほどでもないですけど……でも、そういうサイトは検索しましたね」
ふうん、と相づちを打つものの、さほど興味はなさそうだった。手元のスマートフォンに左手を伸ばし、親指で画面上の操作をしている。
器用な手つきだった。男にしては指が長いし、短くて太い自分の手とはえらい違いだ。
「そういうのってさ、調べても出てこないものもあるから、あんまりアテにならないんだよねえ」
含みのある口調に聞こえた。
それよりさ、と気を取り直したように言う。握りなおしたスマホを、右手の人差し指でなんども横にスワイプさせている。
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