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祐介が初めて夏海と会話を交わしたのは、彼がまだ1年生の時の、9月中旬だ。
きっかけは、夏海が美術室前に展示してある絵画を鑑賞しているのを、その絵画の作者である祐介が偶然見かけたことだった。
自分の作品が鑑賞のを見て気をよくした彼は、思わず彼女に話しかけた。
「どう、これ?」
心なしか、声が弾んでいるような気がした。浦浪中学では名札の色が学年ごとに違うので、同学年であることは話しかける前から見抜けた。
彼女は絵を眺めながら答えた。
「……ヤバいね」
「……うん、ヤバいと思う。俺が描いたんだけど」
えっ、と言わんばかりの表情で、彼女は彼の方を振り向いた。
「君が……西島君?」
「うん。君は?」
「尾藤夏海。3組だよ。それにしても本当に君が描いたの? あれ、えっと、広大なるすずおと……。」
「鈴音ケ浜だよ。俺、小4まで天谷町に住んでたんだけど、そこに鈴音ケ浜っていう海岸があって、近くを車で通りすぎるたびに、よく眺めてたんだよな」
西島家は彼が産まれてから小学4年生の時まで天谷町という田舎町に暮らしていた。しかし、父の仕事の都合により、小学5年生になってから浦浪に引っ越すこととなった。
「それで、今年のコンクールの時にさ、題材にしたいなと思って、小学生の時撮った写真を使って描いたんだ。まあ、少し俺の感動補正がかかってるけどな」
「私、生の海、見たことないんだけどさ。海って、きれい?」
祐介は、夏海の問いに莞爾として笑い、言った。
「生の海は、ヤバいぜ」
「どうヤバいの?」
「行ってみないとわからないよ。それは」
祐介は平淡に言った。この絵がすべてだと言う台詞が浮かんだが、さすがにクサいと思い、心の中に留めた。
「そう? じゃあ、いつか行ってみるよ。その時、感想を教えてあげるから。西島君より巧く」
「おっ。言うじゃん」
祐介はからかうように言う。
「ねえ、LINE登録してよ。私、口頭より文章の方が自信あるから」
そう言って、彼女はスマートフォンを取り出した。
「近頃の生徒は堂々と校舎内でスマホを……」
「いや生活指導か。それとも……。嫌?」
彼女は挑発するような笑みを浮かべている。彼は苦笑しながら、スマートフォンをポケットから取り出した。
こうして2人は、LINEの連絡先を交換した。
この日から2人は互いに、放課後、定期的にLINEでトークするようになった。
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