最後の笑顔

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 中学卒業後、祐介は愛西(あいせい)高校に入学した。愛西高校は部活動が盛んで、特に文化部はレベルの高い生徒達が集まる高校だった。  入学後、彼は美術部に入ったが、予想外のことがあった。時枝純隆が、愛西高校に入学していたのだ。  彼ももちろん美術部に入り、祐介たちと切磋琢磨して美術の技能の向上に努めていった。  時枝の技量を間近で見ていた祐介は、日が過ぎるごとに、と思うようになった。  美術への情熱が、日に日に冷めていくのを感じた。  そして、2年生の夏、祐介は美術部を辞めた。  退部する1か月ほど前、帰りのバスを待つバス停で、美術部の先輩である柚木理沙(ゆのきりさ)にその旨を話した。  理沙は美術部で最も仲の良かった先輩だった。彼女は祐介のコンテスト受賞作品『広大なる鈴音ケ浜』を知っており、彼女の方から声をかけてきたのだ。その後、帰りのバスが一緒であることが分かり、バス停で会話を交わすことが日常となった。 「僕、美術部辞めようと思ってるんですよね」  祐介は、スマートフォンをいじりながら、何気ない会話を交わすように言った。 「そうなの?」  理沙の方も、大きな驚きを示すことはなかった。彼と同じようにスマートフォンの画面を眺めていた。 「へぇ。もったいないなぁ」 「もうちょっと引き留めてくださいよぉ。可愛い後輩が辞めようとしてるんですよ?」 「自分で言うなし。別に、悲しくないよ。だって西島……」  理沙は握っていたスマートフォンの画面を切り、祐介の方を向いて、言った。 「絵、止めないでしょ?」  彼女の視線に気づき、祐介も画面を切って、彼女の方を向いた。 「えっ?」 「西島が描いた鈴音ケ浜、私、好きだよ」 「あっ、ありがとうございます」  彼女は、続けた。 「あの絵は、本当に描くこと好きな人じゃないと、描けない。だから君、多分絵を止められないと思う」  彼女は莞爾(かんじ)として笑った。  祐介も彼女につられるように笑い、正面を向いて、雲一つない青空を見上げながら言った。 「鈴音ケ浜は、子供のころ、よく見ていたんですよ。思い出の海なんです」  祐介は少しだけ、哀しそうに笑った。 「連れて行ってやりたかったなぁ」  彼はそう唐突に言った。 「えっ、誰を?」  理沙は僅かに驚き、彼に問うた。 「僕、中学の頃、彼女いたんですよ。意外でしょ?」  祐介は再び理沙の方を振り返り、肩をくすめながら言った。 「へぇ、意外」 「一緒に、鈴音ケ浜に行くって、約束してたんですけどね。行けなかった……」 言下(げんか)、バスが走行してくる音がした。  
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